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「W杯放浪2」第5回 見送られた天皇訪韓

5 開会式──見送られた天皇訪韓

 5月31日。初戦「フランス─セネガル」戦。
 FIFA総会の原稿書きに週刊誌の連載取材もはじまり、昼と夜が逆転している。
 ヨーロッパからの送稿なら半日遅れの時差があり、日本の編集部から夜中に依頼をもらえば、昼間にそのメールを読んで取材して原稿を送るという、ちょうどいいタイムラグが使えるのだが、日本と韓国では全くの同時進行になる。その日に依頼の電話をもらって、急ぎでお願いしますといわれると、ちょっとつらい。
 大会はこれから始まるというのに、睡眠不足のまま突入ということになってしまった。なんとか体調を元に戻さないと、途中でバテてしまいそうだ。
 開会式は午後7時半から。少し早すぎるが、スタジアムのプレス席も混み合うのがわかっているので、3時にスタジアム入り。
 ソウルのW杯スタジアムに来るのは、完成後、初めて。ソウル地下鉄のW杯スタジアム駅は、改札を抜けて一歩、外に出ると、目の前の人工の滝を水が流れ落ちてくる斬新な設計だ。滝をバックに「Be the Reds!」のそろいの赤のTシャツを着た韓国のファンたちが記念写真を撮っている。
 スタジアムが建設された麻浦地区は、もとは漢江(ハンガン)岸辺のゴミ捨て場だったところである。W杯の招致に合わせて、巨大都市ソウルの塵芥の寄せ場を再開発してスポーツ公園に整備し直したのだという。
 用地買収コストの関係で、日本の新設スタジアムはほとんどが市街地から遠く離れたロケーションに建設されたが、韓国のスタジアムはどのスタジアムも町の中心部からバスや地下鉄で20分か30分で行くことができる。足の便がよくなければ、W杯後のスタジアムの利用はむずかしくなるだろう。将来利用の面でどこかちぐはぐなイメージがある日本の新設スタジアムに比べると、韓国のやり方はうまい。
 韓国は、政府主導でW杯招致に必要な公共投資を都市計画事業にうまく組み込んだ。IMF経済危機による緊縮財政のなかで、政府と開催自治体が都市開発コストの効率的な運用を迫られて互いに創意工夫してきた結果、そうなったということができるだろう。日本のように、W杯の開催地に決まりさえすれば、スタジアム整備事業には国から補助金が下りてくる、あるいは10年後の国体のためにという理由だけが先行して建設計画が進められると、4万人、5万人収容の巨大スタジアムは無用の長物になる危険性がある。
 プレスカウンターで、無事、プレスチケットを受け取る。
 取材パスがあるからといって、必ず、記者席で取材できるとは限らない。取材申請者がプレス席の数より多ければ、フリーランスの記者から足切りされる。チケットがまわってこなければ、スタジアムに来てもプレスセンターでテレビ観戦という場合もある。グループリーグ戦でもっとも取材申請が多かったオープニング・ゲームでチケットがまわってきたというのは今後のことを考えればひと安心。
 たたし、ゲーム後の「ミックスゾーン」での取材パスは、日本のフリーランスには割り当ては1枚だけとのことで、選手たちから直接、話を聞くのはあきらめる。
 招待者入り口で、日本からのVIP連のコメントを取るためしばらく待機していると、警察犬部隊が植え込みや花壇の裏まで爆発物や危険物がないか、チェックしに来た。機動隊はマンホールの蓋をひとつひとつ開けて、中に入って異常がないか確認して回っている。FIFA総会の会場でも、自動小銃を胸に構えた兵士が警備に張り付いていたが、韓国側のスタジアムの警備はとてもハードだ。同時多発テロ事件以来の世界の緊張を感じる。
 日本協会やJAWOCの幹部が到着した。
 もう15年近く、招致活動の先頭に立ってきた長沼健日本協会名誉会長、スタジアムを見上げて、
「やっとこの日になりました。本当、長かったですねえ。いろいろありましたけど、無事、今日を迎えて……」
 と、感慨深い談話。目が少しうるんでらっしゃる。
 W杯について調べ始めて丸4年になるが、ぼく自身、取材パスをぶら下げてソウルのスタジアムでオープニング・セレモニーの開始を待っているのがとても不思議だ。
 事故もなく、テロもなく、無事、この大会が進行してくれますようにと祈る気分。

 開会式は純韓国調ではじまった。
 たぶん李朝時代からの伝統的な楽隊なのだろう。色鮮やかな宮廷衣装を着た太鼓と篳篥(ひちりき=チャルメラのような音色の木管リードの笛)の鼓笛隊の入場で始まった。
 太鼓をふんだんに使った群舞はサッカーの祭典らしい躍動感があってなかなか見応えがある。スタジアムの屋根全体にサムルノリの太鼓の音がこだまする。日本も韓国も極東の同じ文化圏だと受け止めているアジア地域外からのゲストには、東洋趣味にあふれた構成で満足なショーだっただろう。
 しかし日韓共催という今大会の最大のテーマはいっさい出てこない。韓国の過去、現在、未来を象徴したマスゲームが続く。
 開会式についての解説はないが、秀吉の朝鮮出兵時に水軍を指揮して日本軍を破った李舜臣の活躍をモチーフにしたと思われるマスゲームが最大の見せ場だった。
 ピッチ上を銀波、金波のパネルを持った踊り手たちが駆け回る。荒海のなかを2艘の軍船の山車が練り歩き、李舜臣に扮した指揮官が乗る軍船がもう1艘の山車を追いかける。
 李舜臣は日韓関係史上、韓国最大のヒーローのひとりであり、韓国の歴史物語には欠かせぬ人物である。韓国国民の日本に対する対抗意識を考えれば、李舜臣物語が登場するのも理解できなくはない。わかる人にはわかるように巧みに構成してある。たぶん、韓国人には李舜臣の水軍が倭船を打ち破った海戦のシーンだとわかったはずである。日韓共催大会の開会式に李舜臣物語を登場させる演出意図を考えるとき、日韓の隔たりをあらためて感じるのだ。「日韓共催」は言葉と建前だけのきれいごとになるのかもしれない。
 両国間にあるこの国民感情のギャップを、ぼくたちはいつか乗り越えていかなければならない。ぼくが生きているうちにそれが可能だとは思わないが、それを乗り越える努力はしてみようと思っている。ジャーナリストという形であれ、今回のW杯に参加した理由の何パーセントかはそういう意識のせいもある。

 数カ月前からわかっていたことではあるが、開会式には、日本の天皇皇后両陛下はもちろん、一時、噂された中国の江沢民国家主席も、また北朝鮮の金正日総書記も現れはしなかった。鄭夢準韓国サッカー協会会長がアドバルーンとして打ち上げていた、それらの国賓の招待計画はすべて話だけで終わった。
 スポーツの祭典に政治を持ち込むなという考え方をぼくは全否定はしない。
 しかし、共催W杯の開会式という、政治と離れた両国の慶事には、天皇訪韓、あるいは御名代としての皇太子の訪韓が行われてもよかったのではないかという気持ちを捨てきれないでいる。
 朝鮮半島の政治状況を考えると、今後、15年か20年は、天皇訪韓が実現する機会が訪れることはないだろう。
 ちょうど1年前、「コンフェデ杯」の開催中、鄭夢準会長と天皇訪韓の実現の可能性について2人きりで話したことがある。
 当時、鄭夢準は記者会見のたびに天皇訪韓の実現を強く訴えていたが、日本政府、なかでも外務省はまったく乗り気薄だった。
 ある日本の大手紙は、日韓共催を盛り上げるはずだった「コンフェデ杯」の開会式当日に合わせて、朝刊の1面で「天皇訪韓見送りに」と書き立てた。日韓両国にあった天皇訪韓実現への期待を打ち消すための政府筋の意図的なリークだった。
 ぼくがその2カ月ほどまえに会った外務省首脳は、開会式への天皇の臨席について、政府の考え方は、韓国政府や韓国サッカー協会が招待する、招待しないという問題ではなく、W杯の主催者であるFIFAから正式なオファーがないかぎり、天皇訪韓問題を政治マターとして議論する可能性はないというものだった。
 ぼくは鄭夢準に、本当に天皇訪韓を実現したいのであれば、FIFAの理事会にはかって、FIFAから正式に日本政府に打診しなさい。それ以外、実現の可能性はゼロだと話した。
「実現の可能性はどの程度あると思うか?」
「時間的にはまだ間に合うと聞いているが、外務省の動きを見ている限り、90パーセントむずかしいだろうというのが正直な予想だ」
「小泉新内閣も同じ考え方か?」
「小泉内閣は支持基盤層により保守的な層を抱え込んでいるから、判断はこれまでの内閣以上に慎重になるだろう」
「田中(真紀子)外務大臣は天皇訪韓問題に好意的ではないか?」
「わからない。それ以前に外務官僚と大臣の関係がしっくりしていない。彼女が来年のW杯の開催時に外務大臣であるかどうかも不透明だろう」
 鄭夢準会長とはそんな話を交わした。
 彼はその後も、天皇訪韓を希望すると述べ続けたが、FIFA理事会で天皇訪韓問題について提案はしなかった──と、これはFIFAの広報部門のトップから聞いた。彼がFIFAの副会長として、なぜFIFAに具体的な働きかけをしなかったのか、理由はわからない。その後に起きた「同時多発テロ事件」の発生と、米朝関係の硬直化がもららした半島情勢の変化のなかで天皇訪韓は夢のまた夢になってしまった。
 20年先になるか30年先になるかわからないが、日韓両国の国民感情の和解儀礼として(政府間の政治的な和解は決着済みである)、いつか天皇訪韓が行われることを期待するしかないだろう。

 スポーツの祭典に政治や国民感情が入り込んでくると、やっかいになる。だから、スポーツに政治を持ち込むなという意見が正当であるかのように聞こえてしまうが──。
 W杯というイベントは、もともと国民感情を掻き立てることを前提にして争われる国代表対国代表のトーナメントであり、政治的な意味合いを色濃く持つイベントである。ましてや2002年大会は、日韓共催という両国政府も含めた政治的妥協のうえで成立した大会なのだ。やっかいな政治や国民感情もまるごと呑み込んで日韓共催大会なのである。
 大会中、ホスト国であり、出場国である2つの国は互いに意識し合うことになるだろう。サッカーというゲームにただ逃避してしまってはダメ。国民感情に引きずられたり踊らされてしまってもダメ。冷静に見つめつづけることができるかどうか。

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2件のコメント

[C2] お招きありがとうございます

 お招きいただきありがとうございました。話が凝縮していてなかなか感心させられる記事でした。また行かせていただきます。

[C9] コメントありがとう

ぜひ、またいらっしゃってください。
ぼくのところはブログにしては記事が重いものだから、みんな書き込みするの尻込みしちゃうのかな。
今後、カイゼンしますけど、気軽にカキコしてください。よろしく。とら。

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