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「W杯放浪2」第8回 「コングラチュレーションズ!」

8「コングラチュレーションズ!」  (「週刊朝日」02年6月21日号)
                      

 6月4日。韓国の「2─0」の勝利の瞬間を、ぼくは光州(クワンジュ)からソウルに向かう夜行列車の車内テレビで見つめていた。
 セマウル号の天井から吊された液晶画面のテレビからは音は聞こえてこない。しかし、釜山のスタジアムがサポーターのどよめきで津波のように揺れているのはわかった。
 列車が揺れるたびに画像が途切れる。
 審判が終了の笛を吹くのが映し出された瞬間、隣で見ていた食堂車のウェイターと車掌が「イヤァー!」と叫んで拳を突き上げた。
「コングラチュレーションズ!」
 よかった。よかったね。韓国にとっては、6回目の本選出場、16試合目での初勝利なのだ。ぼくもつられて目がうるむ。
 車掌が「イルボン(日本人)、聞けよ」。「韓国、2─0」「日本、2─2」。「大韓民国(テーハミング)勝った」と、ぼくの両腕をつかんで、繰り返し繰り返し怒鳴る。
 彼が言いたいことはわかる。「どうだ。韓国は勝ったぞ」と、彼は自慢したくてたまらない。こうして、韓国のプライドは保たれた。
 夜行列車に乗っているのは、コスタリカ人と中国人と、プレスやほかの国の観戦客ばかり。韓国人は車掌や車内販売員、食堂車の乗員くらいしかいない。中国戦を観戦した韓国のファンは、そのまま光州にとどまってテレビを見ている。車窓から見える道路上には、走っている車などほどんどいない。国じゅうが、テレビのまえで歓声を上げているはずだ。
 日本の善戦、韓国の勝利で、日韓共催W杯は両国国民に大きな元気を与えるのは確実になった。ぼくはそのことを素直に喜んでいる。

 ゲームを選び間違えたようだ。
 3カ月前のFIFA(国際サッカー連盟)への申請の段階で、同じ日に行われるアジア代表3チームのどの試合を取材することにするか、ずいぶん迷った。「日本─ベルギー」「韓国─ポーランド」「中国─コスタリカ」の3つのカードから、悩みに悩んで中国戦を選んだのである。
 ひょっとしたら、中国の江沢民国家主席が中国の初戦に合わせて来韓するかもしれない。韓国のチーム力の底上げがはたして間に合うだろうか。「トルシエ・ジャパン」がプレッシャーのなかで初戦をドロー以上で切り抜けられるか。いろいろな要素を考えた揚げ句、この日は中国戦を選んだのである。
 ソウルにやって来てから釜山の韓国戦のチケットを探してみたが、さすがに韓国戦のチケットを韓国の友人たちに分けてくれとは言い出せなかった。
 中国戦が終わったあと、日本戦の中継を見る間もなく、スタジアムを後にした。プレス席の仲間の日本人記者が、
「非国民するんですね?」
 と、笑った。そういう言い方もあったんだね。そうか非国民か。
 日本の2点も、ベルギーの2点も、光州駅の待合室のテレビで見た。
 待合室のテレビには、日本人観戦客が鈴なりになった。ベルギーのウィルモッツが放ったバイシクルシュートがスローモーションのようにゴールに吸い込まれていくのを呆然とみつめる。全員が深いため息。
 いちばん恐れていたことがおこった。
 しかし、そんな不安を吹き飛ばす鈴木隆行、稲本潤一の立て続けのゴール。日本の50代とおぼしき女性ファンが抱き合って小躍りしている。
 テレビの向こうではとんでもないことが起きている。
 心配だから、見ていられないから、ぼくは日本の初戦を外して光州にいる。なんてばかな選択をしたんだろうか。
「このままなんとかなって」という祈りのような沈黙が待合室を支配していた。
 森岡隆三に代わって、ゴーグル・マスクを付けた宮本恒靖が出てきた。最終調整マッチでの3バックスディフェンスの破綻が頭をよぎる。
 そしてやはり、2列目からの飛び出しにやられた。
 後ろで見ていた韓国のサラリーマンが、ベルギーの得点に大騒ぎする。さすがにムカっ腹が立った。
「ペイ・ヨア・リトルモア・リスペクト・フォア・フレンドシップ!(仲良くしたかったら、少しは敬意を払おうぜ)」
 と、怒鳴ってしまった。
「ごめんなさい。ごめんなさい。ベルギーの勝ちに賭けているものだから」
 と、サラリーマンたちはあやまりながら、席を立った。
 ぼくはナショナリストではないし、自分では親韓派だと思っているが、相手国のサポでもないやつから他人の不幸を笑われて、「はあ、そうですか」と大人しくしていられるほど気が長くはない。サッカーファンの心は傷つきやすいのだ。

 そのまま「2─2」で引き分けたことは、チケット騒動について、話を聞かせてくれという日本からの電話で知った。
 がんばったね、日本。初のポイント獲得である。しかも「0─0」のドローではなく、2ゴール挙げてのドローだったことを、おおいに評価しよう。素晴らしいチームに仕上がった。おめでとうニッポン。
 途切れ途切れにしか見ることができなかったゲームというのは、どんなゲームだったのかまったくわからない。ソウルの宿に戻ってテレビのスイッチを入れた(韓国では、一日中、今日のサッカー、昨日のサッカーを放送しているのだ)が、服を着替えることもできず、そのまま眠ってしまった。
 ソウル入りして10日。開幕以後、ソウル→蔚山(ウルサン)→光州→蔚山→光州→蔚山→ソウルと、タフな移動が連日続いている。朝4時か5時まで取材とまとめ。7時か8時にはホテルを出て、列車やバスや飛行機で4時間前後の移動。これが6月30日の横浜でのファイナルまで続く。

 どんな試合だったのかが知りたくて、スカパーで日本戦の実況を担当した倉敷保雄に「いいゲームだったみたいだね」と、電話を入れた。
「熱くなっちゃったですねー。冷静に、冷静にと言い聞かせてたんですけどね。力、入っちゃっいました」
「GOA~L!ってやったんだ」
「2回も。めったにやらないんですけどね。気持ちよかったー」
 倉敷は、サポーターの声援に押されて引き分けたゲームだったと言う。
「やっと日本にもホームとアウェーの文化が根付いたのかな。スタジアムの熱気も声援もすごくて。日本のサッカーもファンも捨てたもんじゃないですよ」
 と、少しかすれた声でうれしそうに話す。
 ソウル入りするまえにぼくが考えていた各ゲームの予想は大きく外れっぱなしである。
 5月31日の「フランス─セネガル」の開幕戦から大波乱。ピレスとジダンの欠場が大きく響いて、フランスは早くも苦しくなった。同じAグループのデンマークの仕上がりのよさを考えると、フランスと引き分けでもいいデンマークが俄然、有利になった。ダークホース、セネガルが連勝でもした日には、フランス予選敗退の可能性もある。この3年間で、フランスの代表戦を14試合見てきたが、現在の状況は最悪だ。顔なじみのフランスの記者も、「前回優勝国が連続して勝つことはないからね」と、もう半分、白旗を掲げている。
 でも、予想が外れるのは大歓迎。W杯というのはそれだけナマモノなのだ。W杯を見る楽しみは、予想を裏切る新しいスターやダークホースの登場にある。
 セネガルのディウフを、あるいはコスタリカのワンチョペを、名前は知っていたけども、まだそのプレーを実際に見たことがなかったぼくの心は、相手ディフェンダーを蹴散らしてゴールに突進していくディウフやワンチョペに痺れている。
 毎日、2ゲーム、3ゲームとあわただしく進行されていくグループ・リーグの各カードは、決して機械的に消化されているのではない。サッカーはゲームであり、勝負事である。ゲーム後には、勝者と敗者が歴然とする(ドローゲームでさえ、「勝ち取ったドロー」と「追い込まれたドロー」があるのだ)。
 予想を裏切ってくるいくつかのゲームは、予定調和に流されがちな日常の価値判断を、「おまえ、本当にそれでいいのかい」と、問い直してくる。あるいはまた、「まあ、いま決めないでもいいか」と、先延ばしにしていた小さな悔いを、「本当にそれでよかったのかい」と、苦い質問をつきつけてくる。入れ込みすぎると、体にこたえるのはわかっていて、入れ込んでしまう。

 水原(スウォン)で行われた「ポルトガル─アメリカ」戦から帰ってきた。大好きなポルトガルの大敗。
 ポルトガルのチーム・コンディションも最悪。ミスばかり。アメリカの3バックスの裏を衝くロングボールとサイド攻撃にズタズタにされて前半だけで3失点。今回は期待していたのだが、フランスといいポルトガルといい、困ったものだ。

 ソウル入りして以来、連日、日本から「チケット問題」についてコメントを求められている。正直言うと、もう勘弁してくれという気分になっている。こちらは観戦に没頭したいのだ。
 ぼくは、JAWOC(日本組織委員会)の顧客サービスという概念が皆無のチケット販売について、この2年あまりずっと苦言を呈してきた。
「2歳のこどもに総額で十数万円のチケットを売りつけていることを、なぜ、おかしいとは思わないのか」
「十数万円の買い物をした客の側が、どうして、写真付きの身分証明書を持って郵便局に品物を引き取りに行かないといけないのかい。そんな通信販売が世の中にあるだろうか」
「問い合わせの電話をかけても、つながったためしがない。それは顧客サービスのコストを削ったから。フランス大会で1枚のチケットに20万円払って群がった日本のファンなら、コストなどかけないでも完売できるとJAWOCは考えたのだ」
 しかし、日本のメディアは「どうやったらチケットが手に入りますかね?」と、おもしろおかしく聞いてはきても、すべての経費を含めると、9千億円近い公費を投入して実施されている国家イベントW杯について、観察することを怠ってきた。
 現状を整理すると、FIFAのチケッティング・エージェント「バイロム・コンサルタンツ」社が行っていた海外チケット販売が失敗し、グループ・リーグだけでも、1試合当たり1万席前後の空席が出ている。売れ残り席は値段の高い「カテゴリー1」の席が多いので、1試合当たり、1億円強の赤字が出ているということになるだろう。
 チケットの販売収益は、JAWOCの運営総予算(607億円)の41%を占めており、日本で開催される32試合でこの状態が続くと、JAWOCは30億円近い赤字を背負い込むことになる。
 JAWOCの収支の問題以前に、何度も何度もチケット申し込みに応募してきたサッカーファンの気持ちを裏切ることになったことが、ぼくには悲しい。
 JAWOCに対しては、すでに、バイロム社の最終販売のネット申し込みシステムでは、膨大なアクセスに対応しきれないため、JAWOCも、KOWOC(韓国組織委員会)が実施しているように、空席の当日券販売を行うように求めてきたが、JAWOCの対応は、常に後手、後手にまわってきた。
 今回の海外販売の失敗の直接的な責任は、FIFAとそのエージェントであるバイロム社にある。
 昨年12月、ぼくはFIFAのチケッティングの責任者であるデビッド・ウィル(FIFA副会長)に、バイロム社の経営不安説について、FIFAは承知しているのかと、直接、聞いたことがある。
 デビッド・ウィルは、「それは単なる噂であって、心配はない」と否定したが、1枚平均1万7000万円近いチケットを全世界で150万枚販売するという業務は、バイロム社のような小企業には、もともと手に余るビジネスだった。
 なぜ、FIFAがバイロム社をエージェントに選んだのか、その理由がFIFA内部でも問われはじめている。
 しかし、法的に今回のトラブルの責任を問えるかどうかとなると、微妙である。
 JAWOCがFIFAおよびバイロム社と締結したチケット販売の同意契約書「チケッティング・アグリーメント」の細目に、チケットを完売できなかったときのペナルティー条項や、FIFAが損失を補填するという一筆が入っているかどうかがポイントになるが、FIFA側との交渉で常に譲歩を続けてきたJAWOCが、そのような補償条項を勝ち取っているとは思えない。法的に立場が弱いから、JAWOCは、チケットの到着が遅れても、ペナルティーを言いだせなかった。
 W杯はビジネスだと考えているFIFAやFIFAのエージェントとの交渉の席に、国際法務の専門家を常に同席させなかったJAWOCの官僚の脇の甘さに問題があった。
 販売失敗の法的責任がバイロム社にあるとしても、バイロム社は従業員100人程度の上場もしていない個人経営の小企業であり、数十億円単位のペナルティを請求された場合、その支払いは不可能だろう。
 そして、バイロム社がそのような企業であることを、2年あまりの交渉の過程でもっともわかっていたのはJAWOCのトップたちだった。
 法的交渉や責任所在の明確化よりも、W杯を見たいというファンに空席のチケットを手渡すシステムを1日も早く構築することに全力投入することのほうがいまは優先される。手配が1日遅れれば、1億から2億円の損失が、垂れ流しになる。責任追及はW杯後でもできるし、JAWOCはチケット販売も含めた運営の子細を公表する責任があろう。
 現状のままでは30億円の損失が見込まれるのであれば、5億円の販売コストをかけてでも、20~25億円分のチケット販売を行いなさい。そうすれば、損失は10~15億円ですむ。いまは協議に時間をかけている場合ではない。
 電話による申し込み受付が開始されたが、第3次申し込みで受け付けた補欠当選者に対して優先販売するといった具体的な措置を取らない限り、電話とネット申し込みだけでは今後も混乱は続くだろう。
 できることをすぐやろう。ゲームはとっくにはじまっているのだ。
(6月5日ソウルにて)


「どうしてベルギー戦に来てなかったんですか?」と、懇意のサポーター諸君から電話で責められた。
 ぼくの場合は、新聞社や通信社の記者諸君とは違って、どのゲームを取材しなければならないと割り振られているわけではないので、日本戦を選ぼうと思えば取材することはできた。しかし、あえて日本ではなく韓国にいることを選んでしまったのである。
 最大の理由は、2年あまり代表戦を観てきて、トルシエ采配でベルギーに勝てると信じられなかったことにある。「0─0」あるいはよくできて「1─1」のドローが精一杯というのがぼくの見方だった。
 大会直前の強化試合まで、ここで1点を取りにいかなければというとき、トルシエ監督の攻めのオプションを見せてもらったことは一度もない。フィリップ・トルシエは、守備はともかく攻撃のタクティクスがない監督だという不信感は、前年のスペイン遠征の際のただ守るだけの後半の選手起用以来、ぼくのなかでぬぐえなくなっていた。
 監督の采配が勝敗に大きなウェートを占めるものであっても、実際にゲームを戦うのは選手たちであり、個々の選手が大きく成長を遂げていたこと、また組織としてチーム全体が成熟していたことを見落としていたという不明をいまとなっては恥じるしかない。
「負けてもいいじゃないですか。リアリズムに立って観ましょうよ。そうしないと、進歩なんてないじゃないですか」
 と、これは韓国で原博実さんから言われた言葉だが、肝腎のところで勝てない日本を長い間観てきたぼくには日本の初戦をスタジアムで観る勇気がなかったのである。
 ドローであればともかく、初戦を落とすようなことになれば、そのショックを引きずったままであとの25日間を送らなければならなくなる。できれば「見」を決め込みたかった。ドローになってくれれば「御の字」という気持ちで、江沢民国家主席が来韓するかもしれないという中国戦を選んだわけだった。
まあ、日本戦はほとんどのライター諸君が観ていることでもあり、グループCでトルコと2位争いをすることになるコスタリカを観ておかなければという消極的な理由もあったのは事実である。

 さて、「中国─コスタリカ」戦。
 コスタリカというチームのテクニックをぼくは非常に高く評価していた。
 日本代表もW杯の3カ月前に国立で対戦していたが、3日間で日本、韓国と連戦するというハードスケジュールのコスタリカに引き分けるのが精一杯という苦戦だった。コスタリカチームは、その日本戦の前日、わずか30メートル×30メートルのスペースで「11対11」のミニゲームをやった。よくそんな狭いスペースでと思うのだが、ボールが足に吸い付いたような正確なワンタッチのパスをやりとりするのである。ボールタッチの柔らかさ、何人かのアフリカ系選手の体全体がバネのように弾むフィットネスの強さは、強かった時期のコロンビアのサッカーを連想させた。
「中国─コスタリカ」戦は、気温30度近い暑さのなかでのゲームとなり、両チームともやや雑な試合運びになった。
 中国は最終ラインを引いて守りに徹して一発のカウンターに賭ける戦術。中国をW杯初出場に導いたボラ・ミルチノビッチ監督はコスタリカの代表監督だった経験もあり、コスタリカの得点力や戦術を把握していたはず。コスタリカの中心選手、フォンセカとワンチョペには2人マークで対応し、自陣では自由にボールをコントロールさせない。前半は「0─0」。中国の善戦である。
 後半、中国も何度もカウンターを仕掛けるが、ラストパスとシュートの精度がない。
 後半15分過ぎ、ゴール前にポストで走り込んだワンチョペにボールが渡り、振り向きざまシュート。バックスに当たったこぼれ球をゴメスが決めて「1─0」。
 その3分後には、左ショートコーナーからゴメスがゴールライン沿いで、体を反転させながら柔らかい浮き球のセンタリング。ゴール前につめていた長身のバックスが頭で決めて2点目。何度も練習してきたショートコーナーのオプションプレーだと思うが、ゴメスのラストパスが実に鮮やかだった。セットプレーからの正確なオプションプレーを持っているチームは強い。
「紅児軍団(中国サポーター)」の大半は胸におそろいのバッジを付けた団体客である。
 W杯初出場で盛り上がっている中国からは数万人が来韓するのではと噂されていたが、実際に飛んできたのは7、8千人に留まった。中国戦は、韓国国内発売分のチケットが完売になっていたこともあって、チケット入手が困難と、応援ツアーの多くが中止になったという。しかし、バイロム社の海外販売の不振で、スタジアムには1万以上の空席が出てしまった。
 中国のWTO(世界貿易機関)への正式加盟で、中国との通商関係改善を重要視している韓国だけに、「熱烈歓迎! 中華人民共和国」の横断幕が光州市内のいたるところに飾られている。
 光州駅でそろいの真っ赤なウィグをかぶった紅児軍団を見かけた。駅の待合室の鏡を見ながら化粧直しの最中。真っ赤なウィグに真っ赤なフレームのサングラス、ルージュも真っ赤。なかなかキッチュ。大昔のゴダールの映画のワンシーンを思い出す。
 広東からやって来た男女6人組の紅児軍団。弁護士と放送局の社員、投資銀行の幹部とファッション誌の編集者、損保会社勤務の夫婦の3カップル。全員30歳前後で、いずれもニューヨークやヨーロッパに留学した経験があり、きれいな英語を話す。広東の新しいエリート層だ。「広東ヤッピーズ」と彼らを呼ぶことにした。
 6人は、98年のフランス大会や「EURO2000」も観戦に出かけ、中国のW杯初出場を指折り数えて心待ちにしていたのだという。そろいの衣装はヨーロッパのサポーター(たぶんオランダかな)のファッションを研究して特注。我々は「加油軍団(熱した中華鍋に油を加えたように熱い中国サポ)」のなかでもとびきり最先端をいく「球迷(サッカーに迷っているサポーター)」なのだと、全員そろってカメラのまえでポーズを決めてくれた。
 広東から韓国まで3試合10日間の遠征で、予算は夫婦で約1万香港ドル(約15万円)。だいたい1カ月分の収入だそうだ。
所得の上昇は新しいファン、サポーターを世界に送り出してくる。13億人近い人口を持つ中国は世界のスポーツビジネスにとって最大のそして最後のマーケットである。2008年の「北京五輪」に向けて、中国政府も率先してスポーツ振興策を打ち出しており、中国のサッカーも韓国、日本に追いつけと強化が進められている。いずれ、紅い球迷たちが日本にも大挙して応援に駆けつける日も来るだろう。

 6月5日。「アメリカ─ポルトガル」戦。
 ゲーム開始からわずか3分。アメリカ、最初のCKのチャンスを中央の長身FWマクブライドが強烈なヘッディング・シュート。キーパー、クリアするのがやっと。ゴール右脇につめていたオブライエンがこぼれ球をなんなくゴールを決めた。スタジアム全体が大きくどよめく。
 そのわずか3分後にも、直接ゴールを狙ったFKをキーパーが大きくクリアすることができず、シュートを打たれたが、ポスト直撃で助かる。
 ポルトガルのキーパー、バイア、最初のミスで動揺してしまったのか、動きに精彩がない。ヨーロッパ予選時の正キーパー、キムがドーピング疑惑で代表から外れたのが心配だったのだが、いやな予感。
 アメリカの攻めは実にシンプル。キーパーも、バックスも1トップのマクブライドに合わせて、ポルトガルの最終ラインの裏側にロングキックを上げてくる。マクブライドはそれを脇に落とすのではなく、ポルトガル・ゴール側にバック・ヘッドする。第2列のドノバン、オブライエンはロングキックが上がった瞬間にポルトガル陣にまっすぐ駆け出し、ペナルティ・エリア内でマクブライドが落としたボールを処理してシュート、あるいは2次攻撃の基点を作る。
 ポルトガルの攻めはチグハグだ。ルイ・コスタからセルジオ・コンセイソンへ、コンセイソンからゴール前のパウレタへと渡ったポルトガル自慢のパス攻撃は1度だけ。パスミスが多い。
 前半29分、自陣内での不要なパス回しからドノバンにボールを拾われ、ドノバンが上げたクロスがBKの頭に当たり、キーパーが逆を取られてオウンゴールに。「2─0」。
 ポルトガル、自陣内でのパスミスはこれで3本目。追加失点でますますおかしくなった。時間はまだたっぷりあるはずなのに、守りの再確認もしないまま、バックスが攻撃参加に出て、立て続けに裏を取られてシュートを浴びる。
 前半36分には、アメリカの右サイドバック、サネーがサイドライン沿いをドリブルで駆け上がり、ノーマークで上げたクロスをマクブライドがダイビングヘッドで合わせて3点目。ポルトガルの左右のMFフィーゴとコンセイソンが互いにシフトしようとして左サイドの守りが薄くなったところを衝かれた、絵に描いたようなカウンターアタックだった。
 両チームもサポーターもスタジアムのファンも、だれも信じられない、前半でポルトガルが「3─0」のビハインド。背中の汗が一気に引いていく。胃が痛くなるゲームだ。
 ぼくは「EURO2000」とヨーロッパ予選の「ポルトガル─オランダ」戦を観て、今回のポルトガルは準決勝まで勝ち残ると予想していた。
 ポルトで行われた対オランダ戦は、「0─2」のビハインドからロスタイム直前に「2─2」に追いつき、オランダを蹴落してポルトガルの16年ぶりのW杯出場をほぼ決定づけた劇的なゲームだった。ポルトガルというと、フィーゴ、ルイ・コスタ、セルジオ・コンセイソン、パウレタら「黄金世代」を中心にした華麗なパス回しに目を奪われがちだが、チーム全員が献身的に走り回って勝利をもぎ取る泥臭いチームでもあるのだ。
 オリベイラ監督やポルトガル協会の首脳たちに話を聞いても、だれもが「今回は期待してくれ。横浜で(つまりファイナルで)会えるよう祈っていてくれ」と答えていた。しかし、今日のポルトガルは、どこかチーム状態が壊れている。
 開幕の前日(5月30日)、顔なじみのポルトガル協会の友人にチーム状態を聞くためにチームのホテルを訪ねた。ポルトガル・チームは、その日、ソウル入りすることになっていたのだが、マカオからの到着は夜中過ぎになった。第1戦まで5日あったとはいえ、深夜の移動はあまり感心しないなあと思ったものだ。開催国の韓国が入っているとはいえ、グループDの1位抜けは自分たちで決まりという油断や慢心が協会内部にあったのではないだろうか。
 ゲームに戻る。前半39分、ポルトガルはコーナーキックからやっと1点。「3─1」で前半終了。取材ノートに「多彩な攻撃型のチームは、シンプルな攻撃に弱い」とメモ。
 後半。当然のことながら、アメリカは2点のリードを守りながらカウンターの構えを崩さない。
 後半15分過ぎからポルトガルの攻めが続いた。中央のルイ・コスタを基点に左右のフィーゴ、コンセイソンがたびたびクロスを入れるが、アメリカはペナルティ・エリア内をきっちり7人で固めているため、ゴール前まで持ち込めても、そのあと決定的な数的優位を作り出すことができない。
 後半24分、オリベイラ監督はDFのルイ・ジョルジに代えてMFのパウロ・ベントを投入。4BKから3BKにして反撃に出る。FWのヌーノ・ゴメスもベントと一緒にピッチ脇に呼ばれていた。一気に2枚代えかと思われたのだが、26分、アメリカのBKがパウレタが入れたセンタリングをクリアミスしてオウンゴールで「3─2」となり、ヌーノ・ゴメスの投入は見送りになる。ヌーノ・ゴメスは試合終了10分前にルイ・コスタに代って入ることになるのだが、1点差まで追い上げたために、ヌーノ・ゴメスの投入が遅くなったのが勝負の綾だったように思う。
 ゲーム終盤、スタジアムはポルトガルの声援一色になった。「ソルトレークシティ冬季五輪」のアイススケート・ショートトラック競技での韓国選手の不可解な失格判定以来の反米感情と、ポルトガルにここでアメリカを叩いてもらわなければ、韓国の前日の勝ち点「3」の意味がなくなるという計算から、スタジアムの韓国ファンはほとんどポルトガルの応援にまわった。
 しかし、ポルトガルの必死の攻撃もそこまで。ゲームは「3─2」で終了。アメリカのブルース・アリナ監督の「強く、速く、シンプルに」という戦術がポルトガルを破る大きな金星に。
 韓国内の米軍基地からやって来たと思われるアメリカのGIたち、星条旗を取り出して大騒ぎである。
 記者席では、韓国の記者たちが、
「第3戦で本気のポルトガルと戦わないといけなくなったうえに、宿敵アメリカまでが勝ち点『3』を上げてしまった」
 と、頭を抱えている。

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