Google

Entries

「W杯放浪2」第10回 日本ロシアを下す

10 横浜の歓喜──ニッポン、ロシアを下す初勝利

 6月9日。「日本─ロシア」戦。
 2週間ぶりの帰宅。ただし、前夜、茨城からたどり着いたのは夜中の2時過ぎ。「日本─ロシア」戦後の早朝には成田からまた韓国なので、機材のチェックとパッキング、連絡メールに追われて寝たのは9時過ぎ。
 3時過ぎ、ヨメさんに見送られ、「ニッポン・サポ」姿の娘と2人、新横浜に向かう。
 途中の神社でお参りしていくかどうか迷ったが、勝負事はやりつけぬことをしないほうがいいと、そのまま駅へ。
 仕事でゲームを追いかけていると、自分が観たゲームのことしか知らない。ほとんど全試合をテレビで観ているらしい娘に、知らないゲームの結果を聞く始末。
 Rさんより、新横浜の飲み屋で「必勝祈念会」をやっていますからとの連絡。Rさん、スポーツ観戦のぼくのいつもの相棒J、K君、H君、K先生など、30人近くが集まっている。さっそく必勝祈願の乾杯。
 みんな元気だ。S製薬のNさんたち、どこで見つけてきたのかボーリングのピンの着ぐるみに着替え中。昔の「ひょーきん族」のノリ。通称「日の丸ピン」コンビ。着ると2メートル近い巨大な白いボーリングのピンの横っ腹に真っ赤な日の丸。顔も白塗りにして、それぞれ「必」「勝」「に」「ほん」とピンに書き分けてある。2本並ぶと、「必勝日本」になる。でも、着ぐるみは暑そう。大丈夫かいなー?
 娘も頬に日の丸のペインティングを入れてもらい、全員で「ニッポン! ニッポン!」の手締め。「今日は勝ちます。勝ちましょう!」とスタジアムへ。

 ロシア戦の最大の心配は、ロシアがモストボイを使ってくるかどうかだった。
 フィリップ・トルシエでなくても、リーガ・エスパニョーラでモストボイ・カルピンのセルタ・コンビを見慣れているファンなら、だれもがそれを恐れていたはずだ。
 ロマンツェフ監督は第1戦のチュニジア戦ではモストボイを起用しなかった。果たして今日はどうなるか。ずっと取材してきているロシア番担当の記者連中に聞いても、モストボイが出てくるのかどうかわからないという話。
 配られてきたスタート・リストには、モストボイは今日もサブ。内心、「ヤッター!」という気分。出てこられると怖いなと思っていたコクロフやシチェフも控えである。

 今日の横浜は、観客の95パーセントはニッポン・サポだ。ゲーム開始前から「ニッポン! ニッポン!」の大コール。これだけ声がそろった声援を聞くのはぼくも初めてだ。
 前半──。
 ロシアのキックオフと同時に、鈴木、柳沢の2トップがボールを追いかけて猛烈なプレス。鈴木、最初から気合いが入っている。
 4分、稲本、中央をドリブルで上がり、そのまま初シュート。ゴール右に切れる。稲本、今日も積極的に攻め上がる。
 8分、右サイドで中田ヒデ、タックルを受けてFK。小野がゴール前に上げるが、稲本の頭に合わず、ゴールラインを割る。ヒデ、ヒザを削られたのはもう2回目。やや足を引きずっているのが心配。
 10分、ヒデから柳沢へ惜しいスルー。
 序盤、日本、押し気味。ロシアは日本の攻撃が自陣に入ってくるまではプレスをかけず、日本にボールを持たせる戦術。ロマンツェフ監督、アウェー戦なら当然の受けのゲームを選んだということ。
 11分、ロシア、右サイド、スローインからチトフ、スメルチンと渡り、シュート。スローインからの攻撃の際にディフェンダーのマークがズレる。危ない。
 13分、ピメノフにイエロー。
 15分、宮本にイエロー。BKライン裏へのロングボールで一歩、出遅れたためピメノフを倒してのファウル。これが怖い。森岡は第1戦の負傷で今日は欠場。「バットマン」宮本が頼りなのだ。
 16分、イズマイロフ、日本のクリアミスを拾って右サイドをドリブルから強烈なシュート。からくもゴール左に外れて助かる。ロシアの時間帯だ。ここをしのがなきゃ。
 21分、ヒデから柳沢へスルー。オノプコがクリアしたのに、ロシアのゴールキックの判定。スタジアム全体から激しいブーイング。
 23分、稲本のロングボールをロシアDFがクリア。ヒデがそれを拾ってミドルシュート。ヒデ、インターセプト、スルー、シュートと相変わらず、八面六臂の運動量。
 27分、左サイドをオーバーラップした中田浩、小野からもらってライン際をドリブルで上がり、クロス。ロシアのクリアボールを走り込んだヒデが強烈なシュート。ややふかしてクロスバー上に。惜しい。日本最大の決定的なチャンスだった。
 31分、チトフが日本のBKラインの裏へスルー。GK楢崎、懸命にダッシュしてキャッチするも、2列目から突進してきたピメノフと接触。キーパーチャージで助かったが、「フラット3破り」の2列目の飛び出しはやはり恐ろしい。
 35分、左サイド45度から小野が直接FKでシュートを狙うも、枠外に。
 38分、ソロマチンにイエロー。
 39分、チトフ、イズマイロフ、セムショフと左サイドへ連続のショートパス。セムショフから中央のチトフに戻し、右サイドをオーバーラップしたソロマチンへ。ソロマチン、ゴールライン際からセンタリング。戸田がからくもクリア。日本のディフェンス陣、左右に振られて危ない場面。
 42分、中田浩にイエロー。
 前半、終了。双方、互角。日本、善戦である。

 後半──。入場者数、6万6108人との発表。
 ロシア、後半開始からピメノフに代えてシチェフを投入。イズマイロフ、シチェフの2トップに。
 後半開始早々、ロシアに決定的なチャンスが訪れる。シチェフから右サイドのカルピンに。カルピンがドリブルで中田浩をかわして、ゴールライン際からグラウンダーのクロスが楢崎の前を横切った。ロシアのFW、だれも合わせることができず、日本、救われる。
 6分、左サイドの中田浩からゴール前の柳沢にクロス。柳沢がそのボールを左にはたく絶妙のポストプレー。フリーだった稲本がゴールマススに豪快にけり込み、「GOA~L」。「1─0」。
 ゴールが決まったのは記者席からもはっきり見えたが、あまりにフリー状態の稲本に、てっきりオフサイドかと思った。線審を見るが旗が上がってない。記者席も「ゴールだぜ、ゴール!」と大騒ぎに。稲本、2試合連続のゴール。チャンスがあれば、積極的に前線まで駆け上がっていった稲本の大殊勲。
 7分、イズマイロフに代えてコクロフ投入。コクロフはやはりリーガ・エスパニョーラ「レアル・ソシエダ」で活躍するMF。シュートの決定力もゴール前への突進のスピードもFW並みの怖いプレーヤーだ。
 12分、ロマンツェフ監督、3枚目の交代、イズマイロフに代えてベシャストニフを投入。モストボイは使える状態じゃなかったのだ。
13分、入ったばかりのベシャストニフ、ドリブルでゴール前まで突進し、楢崎をかわしてシュート。シュートは左サイドネットで救われる。
 15分、稲本のドリブル突破をつぶしたニキフォロフにイエロー。ヒデがFKを直接、狙うが、ゴール・オーバー。
 17分、右サイドのヒデから左の柳沢へ大きなクロス。柳沢、胸でトラップしてシュートも、ゴール・オーバー。記者席から「FWも決めてみろ」という舌打ち。
 18分、ロシア、カウンター。ロングボールにシチェフが合わせて、シュートも枠外。
 21分、スローインから、鈴木が柳沢からワンツーリターンで抜け出してシュート。ゴール・オーバー。
 23分、シチョフ、中央から強烈なロングシュート。楢崎がキャッチ。
 25分、小野から中央でボールをもらったヒデ、ドリブルから強烈なミドル。クロスバーにはねられる。「ウ~ン」とうめき声。あれが決まってくれると楽になるのだが。残念。
 27分、鈴木に代えてゴン中山投入。スタジアムに「ナカヤマ! ナカヤマ!」の雄叫び。
 30分、小野に代えて服部を投入。トルシエ、守りに入る。
 32分、右サイドのカルピン、カットインしてセンタリング。コクロフがノーマークでシュート。楢崎の正面、胸元へのシュートで救われた。「日本にツキあり」。
 このあたりからロシア、クリアボールを連続、奪取。宮本、戸田ら懸命にブロック。日本のDFライン、ズルズルと押し込まれっ放しになり5BK気味になる。
 34分、ロシアのバックパスに、日本サポ、ブーイング。スタジアムのニッポン・サポはぼくのように弱気ではない。
 37分、カルピンがゴール前に上げたFKを楢崎がパンチングでクリアも、ロシアに拾われてシュートに。ロシア、カルピンを基点に、右サイドから立て続けに猛攻が続く。39分、40分と、シチョフのシュートはゴール・オーバー。
 40分、稲本に代えて福西投入。戸田が攻め上がった稲本をカバーして右に左に後ろに前にと獅子奮迅に走ってバランスを保っていたが、もう限界。日本は福西の投入で守りきることに専念する。
 ロシアの再三の攻撃もペナルティ・エリアの外からのミドルシュートがほとんど。それもゴールマウスの枠外に外れている。それだけ日本のバックス陣がシュートコースを消しているということだ。なんとかなりそうな感じ。
 ロスタイムは2分。「ニッポン! ニッポン!」の6万人の大コールが地鳴りのように続いている。メモを取るのもやめ、ゲームに見入る。
 46分、ゴンにイエロー。
 試合終了のホイッスル。
 ニッポン、最高のゲーム。これで「勝ち点4」。決勝トーナメント進出への権利を大きく引き寄せた。こうなってほしいと願っていたけども、まさかまさか。
 記者席で隣りのKさんと握手。Kさんは50年来、サッカーの記事を書いてらっしゃった大先輩だ。Kさんの目にもうっすら涙。ぼくはボロボロ泣いている。こんな幸せなゲームに立ち会えるなんて申し訳ない気持ちである。
 ミックスゾーンに向かう通路で、協会関係者、記者仲間、「もう1試合。まだ決まったわけじゃないから」と言いつつも、みな笑みがこぼれる。

 トルシエ監督と中田英寿のゲーム後のFIFAの共同インタビューがテレビを通じて流れる。
念願の勝利だったはずなのだが、ヒデの談話は浮ついたところもなく実に冷静だった。
「前のゲームでは得点の直後に取り返されるなど、未熟な面がありましたが、今回は勝つ自信がありました。フランス大会の3連敗に比べれば大きな進歩ですが、喜びにひたっているわけにはいかない。まだグループリーグの突破が決まったわけではないですから、集中をとぎらせないことが大事です。この勝利は選手全員、スタッフ全員の勝利ですし、日本国中の人がいっしょにこの勝利を喜んでいただけたことがうれしい。日本も韓国も、W杯でいいところまでいくというのは、ある意味で使命だと思います。4年間やってきたこと、積み上げてきたものをはっきりさせるところですから」

 選手たちがミックスゾーンに現れるまでにはずいぶんと時間がかかった。
 大騒ぎしたあとで、「もう1試合勝たなけりゃ意味がねえぞ」と、ロッカールームで気合いを入れ直してきたようで、どの選手も笑顔だが浮ついた感じはない。
 ケッサクだったのは、稲本潤一の談話だ。
「あのゴールですか? オフサイドだと思っていたので、緊張なしに蹴ることができました」
 その隣で真っ赤のトサカ頭からまだしたたり落ちる汗を拭いながら、戸田和幸が0点に押さえ切った快心のディフェンスを笑顔で振り返っている。
 明神智和は、トルシエ監督から先発を今日の午後に言われたとのこと。トルシエ監督もモストボイ対策で明神を起用するという決断をしたのだろうが、ひょっとしたら自分が先発かなと感じていたのだそうだ。冷静に自分の仕事ができたと思いますと答える明神は、大会前の強化試合のときよりも精神的にも成長して見えた。
 宮本恒靖、松田直樹らバックス陣の話では、第1戦でベルギーの2列目からの飛び出しにやられたことを反省して、今日の「フラット3」のライン取りについて、宮本、松田、中田浩二に欠場した森岡隆三も入り、どういうケースではラインを上げる、こういう場合は無理して上がらないといった相談を合宿所の風呂場でじっくりやったという。
 中田英寿はテレビのインタビューで答えおえたためか、待ち受ける日本の記者団の前を素通りしていく。日本の記者たちも追いかけようとしない。
 イタリアのヒデ番の記者たちが彼を呼び止めてイタリア語のインタビューが始まった。仕方がないので、ぼくもそちらに加わって英語で質問する。
「前半に受けたタックルだが、ヒザのダメージは?」
「厳しいタックルだったが、大丈夫だ」
「次のゲームに差し障りはないか?」
「それほど痛みはない。問題はない」
 と、やはり英語で答えるヒデ。彼はぼくのことを韓国か中国の記者だと思っていたはずだ。
 日本語で同じことを質問すれば、果たして彼は答えただろうか。たぶん、質問は聞こえても、イタリアの記者たちとのやりとりを優先して無視しただろう。
 開催国のW杯という晴れの舞台なので、日本協会や中田自身も、記者会見などでメディアの質問に対してはできる限り答えるように努力していたと、協会担当の記者たちからは聞いていたが、日本人の記者が日本人プレーヤーに対して英語で質問するしかない関係というのは、もどかしさや寂しさがつのる。
 ペルージャへの移籍以来、生じた日本のメディアと中田との間の相互不信は現在も解消していない。仕事の舞台をイタリアに移した中田にとっては、優先するべきメディアはイタリアのメディアであり、世界のメディアだということなのかもしれない。
 日本のスポーツ紙をはじめとするサッカー・メディアの記者たちがリスペクトのない質問を浴びせたことがあったのかもしれないが、日本のファンの大半は日本のメディアを通じてしか、ヒデの現在を知ることができない。サッカーに限らず、世界的なスター選手となれば、メディアに追いかけられるのは宿命である。そのプロスポーツ、リーグはファンがあって成立している。メディアがそのプレーヤーの横顔をファンに伝えているのである。自分のことはプレーを観てくれれば、それですべてですでは通用しない。メディア対応もプロー選手の仕事のひとつなのではないだろうか。
 対照的だったのは、その意味では中山雅史。中山は、同じミックスゾーンで次々に質問に答えつづけていた。日本人記者たちのひととおりの取材が終わって、香港かシンガポールから来たらしい記者が英語で質問したいのだがと声をかけた。
 ほかに通訳がいないので、手助けすることになる。
 ──日本チームでの最年長者としてのあなたの役割は?
「年齢が上とか下とかは関係ない。ピッチに立って勝利のためにプレーするということがぼくの仕事であって。まあ、ゲームでも、合宿でも、最年長のぼくが先頭に立って全力を出し切っていれば、若い連中には刺激になると思います。それが結果的に、チームにとって力になればいいわけですから」
 ──今日、4年ぶりにW杯の舞台に立った感触は?
「初の勝利を決めたゲームにピッチに立てたということはとてもうれしいです。短い時間ではあったけども、勝つためにFWとしてなにをしないといけないか、自分では最善のプレーをできたと思います」
 ほかの日本人の記者たちにすでに答えた同じ質問にも、中山はいやな顔ひとつ見せず、答えた。そして、その記者がぼくの訳を聞いて答えに納得するまで、身じろぎもせず立ったまま待っていた。 
 98年のフランス大会で、ぼくはパリで松葉杖をついた中山にばったり会った。彼が日本初のゴールを決めたジャマイカ戦のあとのことだが、ぼくは彼がゲーム中に骨折していたことを知らなかった。
 そのとき、「また4年後にピッチに立とうぜ」という約束をした。約束というより励ましで言ったというほうが正確だろう。中山は「そんなこと言ったっけ?」と笑ったが、彼は見事にその約束を果たした。
 98年のメンバーでは、中山と中田英寿と小野伸二の3人だけが今日のピッチに立っていた。30代のプレーヤーで生き残ったのは中山しかいない。
 日本チームはこの4年間でそれほどの世代交代を経てきた。フィリップ・トルシエが果たした最大の功績、日本協会がトルシエを招聘したことによる最大の変化は、一言でいえば、ドラスティックな世代交代によるチームの活性化につきるだろう。代表チームに生き残るための選手一人ひとりの格闘が、結果として、今日の初の「勝ち点3」獲得につながったのだ。

■W杯放浪 2 次の記事へ--->http://tra3.blog43.fc2.com/blog-entry-114.html

スポンサーサイト
-->
この記事に対してトラックバックを送信する(FC2ブログユーザー)
http://tra3.blog43.fc2.com/tb.php/113-aa3f9670

0件のトラックバック

0件のコメント

コメントの投稿

投稿フォーム
投稿した内容は管理者にだけ閲覧出来ます

Appendix

プロフィール

「どうも。石川とらでーす」

Author:「どうも。石川とらでーす」
筆者プロフィール==>
http://tra3.blog43.fc2.com/blog-entry-2.html

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

ブログ内検索

href="http://blog.fc2.com/">blog) カワイイ☆ブログランキング