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「W杯放浪」第14回 「アリラン」の奇跡

光州

14 「アリラン」の奇跡

 怒濤の18連戦がやっと終わった。
 2日の休み。布団に倒れ込んだまま泥のように眠る。W杯がこれほど疲れるものとは。
 JAWOCのS局長に、チケットを縁故者にバラまいたのかどうか電話で直接確認。関係者からの聞き取りで、S局長が「君のチケットを準備してあるから」と電話をかけていた日時、場所も特定できていたが、本人の弁明も聞いておかないといけない。S局長、そういう電話をかけたのかという質問に狼狽。「していない」と即答できず。「黒」と判断するしかないだろう。空席問題にちゃんと対処してこなかったうえに、チケットの横流しでは責任を問わざるをえない。

 準々決勝の対戦が決まった。
  6月21日 静岡 「イングランド─ブラジル」
  6月21日 蔚山 「ドイツ─アメリカ」
  6月22日 光州 「スペイン─韓国」
  6月22日 大阪 「セネガル─トルコ」
 韓国、セネガル、トルコ、アメリカ、いずれも強豪を破っての「ベスト8」入りは見事。
これまでのサッカー世界の「格の違い」が通用しなかった大会になった。
「韓国─イタリア」戦のフラッシュを見たが、安貞桓(アン・ジョンファン)のゴールデン・ゴールが決まった直後、トラパットーニ監督がベンチのすぐ後ろに並んでいたFIFAのディレクターに、「なんてことをしてくれたんだ」とフェンスを叩いて憤懣をぶつけたシーンは印象的だった。
 韓国ホームのゲームである。アウェーのイタリアは最初から最後まで神経戦になることを覚悟しておかなければならなかったゲームだった。ほんのちょっとしたミスやレフェリーのジャッジがアウェーチームには絶えずプレッシャーとなってふりかかってくることを、そしてそれがサッカーというドラマの基本的な設定であることを、世界でもっともわかっていたのはイタリアのサッカー人たちではなかったか。トラパットーニは自分たちが韓国で戦っていることを忘れていたとでもいうつもりだろうか。
 トラパットーニの戦略ミスは、イタリアが「1─0」のまま逃げ切ることができると考えたことにある。ネスタとカンナバーロを欠いたイタリアのディフェンス陣が1点を守りきれると思っていたのだとしたら、過信だったというほかない。1点を守ることを優先するよりも追加点を狙うべきゲームだったのだが、そういう発想がイタリアのサッカーにもともとなかったまでのこと。
 延長前半のトッティの2枚目のイエローとなった「シミュレーション」というジャッジは確かに微妙だった。もし、笛を吹いたエクアドルのレフェリーの頭のなかにどのプレーヤーにイエローを出したかという認識があれば、2枚目のイエローは出さなかっただろう。トッティを退場させてしまうことでゲームは壊れてしまう。しかし、レフェリーをそのような混乱に追い込むのもホームチームの特権なのである。
 トラパットーニは、なんであんなレフェリーを選んだんだと、怒りをぶつけたのだと思うが、それは八つ当たりというもの。
 イタリアのディフェンスが最後の最後で韓国の猛攻を止めきれずに「1─1」の同点に追いつかれたのも、安貞桓の決勝ゴールが決まったのも、レフェリーのせいではない。
 W杯の終了後、エクアドルのモレノ主審について、憤懣やるかたないイタリアのプレスやファンから彼が暗殺されたといったデマ情報までが流されたが、モレノ審判がW杯のレフェリーとして技術レベルが適切であったかどうかという疑問は認めるにしても、モレノ審判の疑惑の判定によってイタリアが勝利を奪われたとする説は、ナンセンス以外のなにものでもない。

■ロナウジーニョ、イングランド・ディフェンスを粉砕

 6月21日。新幹線で静岡へ。「イングランド─ブラジル」戦。
 準々決勝は、「イングランド─ブラジル」戦と、光州の「スペイン─韓国」戦を観る。
 静岡で行われるブラジル戦はファイナル・ドローのときからいちばん楽しみにしていたゲーム。「フランス─ブラジル」になると思っていたゲームだが。
 サッカーやラグビー、野球によく一緒に出かけるJや、Rさん、K君、H君ら、いつもの仲間が顔をそろえた。
 Jは20年来の「インテリスタ(インテル・ファン)」。久しぶりの「ナマ・ロナウド」を応援できるので朝から御満悦。カリオカのレプリカは着ていないが、この日のためにインテルのスタジャンをさりげなく羽織ってきている。
 掛川の駅には、ベッカムヘアにした日本のファンや、「ブラ・ズィル! ブラ・ズィル!」と連呼する、ロナウドのユニフォーム姿のたぶん在日の日系3世、4世のブラジレイロたちが続々と到着する。空は澄み渡り、なんてステキなお祭り気分という感じだ。

 今日はイングランドのホームゲームのため、ブラジルはいつものカナリーイエローではなく、ブルーのサブ・ユニフォーム。残念。
 先発は、イングランドはデンマーク戦とまったく同じメンバー。2トップはオーウェン、ヘスキーのリバプール・コンビ。MFが左からシンクレア、スコールズ、バット、ベッカム、Dがアシュリー・コール、キャンベル、ファージナンド、ミルズ、GKはシーマンの「4─4─2」。
 ブラジルは、1トップにロナウド、トップ下にリバウドとロナウジーニョ、MFが左からロベルト・カルロス、シルバ、クレベルソン、Dがルケ・ジュニオール、ルシオ、エジミウソン、カフー、GKがマルコスの「4─3─2─1」。今日は右ボランチにクレベルソンを先発で使ってきたが、フォーメーションとしてはベルギー戦とほぼ同じ。
 イングランドのキックオフから、イングランド幸先のいいコーナーキック。しかし、マルコスがなんなくクリア。
 序盤は双方、警戒して突っかけ合うだけの展開。イングランドのラインは引き気味。ブラジル、中盤で連続してパス回し。しかし、イングランドのディフェンス陣は飛び出してこない。バットやスコールズもロナウジーニョやクレベルソンの中央突破やリバウドへの縦パスを警戒。
 イングランドの攻撃はやはりベッカムが基点になる。10分過ぎ、ベッカムがロベカルからボールを奪い、ヘスキーにクロス。このボールは奪われたが、直後のベッカムのフリーキックがくさびに入ったヘスキーに渡る。ヘスキーのポストからのバックパスをスコールズがシュートを狙う。
 イングランドの攻勢に、イングランド・サポ、「♪イングラン、イングラン、イングラ~ンド」の大合唱。
 ブラジルもロベカルの強烈なフリーキック、ロナウドのドリブルからリバウドとのワンツーでロナウドのシュートと反撃するが、ゴールを割る展開には持ち込めない。
 前半23分、やや下がり目の位置でヘスキーがポストプレー。ゴールに向かって走り込んだオーウェンに浮き球のスルーパス。ルシオがなんなくカットしたかに見えたが、痛恨のトラップミスを犯した。オーウェンがこのこぼれ球をさらって、GKとの1対1から冷静に右足でゴールへ流し込んだ。「1─0」。
 双方、ゴールを奪えるとは思えない展開での突然のゴールに、イングランド・サポ、すかさず"We are not going home! We are not going home! " の大合唱。
 イングランド先制の直後、ベッカムが負傷してピッチ外に出される。骨折した左足ではなく、治療後、ゲームに復帰。
 その後も、前半はイングランドやや優勢の展開。
 ブラジル寄りの立場で観ているぼくからすれば、もしあの時間帯にイングランドに波状攻撃をしかけられていれば、危ないゲームだった。
 とくに前半39分、ロナウジーニョがボールを奪われ、攻め上がっていたカフーの後ろをシンクレアが衝いたイングランドのカウンター。ベッカム、ヘスキーと渡り、ブラジル最大のピンチだったのだが、2列目の上がりが遅く、イングランドは追加点のチャンスを逃した。もともと守りのゲームでいこうというのがエリクソンの考え方だろうし、先制点を挙げて、安全策でいこうというムードになるのはまあ仕方ないか。
「1─0」のまま前半終了と思われたロスタイム。ロナウジーニョがセンターラインの手前でボールを奪い、ドリブルで中央突破をはかる。ベルギー戦でも何度か見せたロングドリブルだ。右サイドにはクレベルソンがフリーで併走。しかし、ロナウジーニョはパスを出さず、そのままゴールに向かって突進した。クレベルソンへのパス・ケアで飛び出したアシュリー・コールはロナウジーニョのステップについていけず転倒。ファージナンド、キャンベルの両CBを引きつけたところで、ロナウジーニョは右サイドでフリーになったリバウドへパス。リバウドがこのラストパスを左足ダイレクトでゴールネットに蹴り込んだ。「1─1」。リバウド、これで5試合連続の5ゴール目。
 まさかの前半ロスタイムでの同点劇。イングランドにとっては痛い失点である。
 ロナウジーニョの40メートル近いドリブルはまさに天才的な個人技。これまでのゲームで、ぼくはロナウジーニョはドリブルで球を持ちすぎる、持ちすぎると思っていたのだが、彼が狙っていたのがこのプレーだったのだとしたら脱帽。やはり「3R」は天才である。
 このドリブルでも、クレベルソンに、あるいはリバウドにパスしてもいいチャンスは2度、3度とあった。もっと早いタイミングでパスが出ると、イングランドのディフェンダーたちも思ったはずだ。ところが、ロナウジーニョはそのままドリブルで突っ込んできた。それまで冷静に守っていたイングランドの最終ラインは、ロナウジーニョがパスではなく、あえてドリブル勝負で来たために、パニックに陥ったのである。
 後半5分、またロナウジーニョが魅せる。ロナウジーニョがペナルティ・エリアの手前右、約30メートルの位置から蹴った直接フリーキックがシーマンの頭を越えてゴールの左上隅に吸い込まれた。シーマンの位置取りのミスといえばミスだが、ロナウジーニョのキックはコースも高さもゴール前を狙ったクロスボールのように見えた。シーマンはパンチングに出るべきかどうか、一瞬、迷ったはずだ。しかし、ボールはゴール手前で失速しないまま、シーマンが必死で伸ばした右手の先を通過していった。
「ロナウジーニョ・デー」はその後も続く。
 後半12分、ロナウジーニョはイングランドの右SBミルズへのタックルで、スパイクの裏を見せてタックルにいったとして、レッドカードで一発退場。ブラジル・サポからはブーイングが起きたが、レフェリーがすぐそばで見ていたプレーであり、ジャッジに誤りはないだろう。サッカーは本当に何がおきるかわからない。
 イングランド・サポが "Come on England! Come on England! " と1人多いイングランドを力づける。イングランドは、シンクレアに代わって入ったダイアーやミルズの両サイドがたびたびオーバーラップしてクロスを入れるが、ブラジルのディフェンスを崩しきれない。ブラジルはロナウドをエジウソンに代え、きっちりラインを下げて受けの形を整えて守る。前半に何度も見せたヘスキーのくさびへのパスも、ロベカルがベッカムを徹底マークして自由にボールを扱わせないため、出すことができない。
 終盤、エリクソン監督はバッセルとシェリンガムを投入して3トップへのパワープレーに最後の活路を求めたが、イングランド、10人のブラジルを崩しきれず、「1─2」のままゲーム終了。
 イングランドの善戦。ブラジルの強さにというよりも、ロナウジーニョのひらめきのプレーにやられたゲームだった。「ベスト4」には進めなかったものの、イングランドは今後が楽しみなチームになるだろう。
 ブラジルは最大の難関を突破した。ゲーム後のフェリペ監督は今日の勝利がうれしくてたまらない。共同インタビューの最中にも、ブラジルのプレス連中に「どうだ勝ったろ、勝ったろ」とソワソワ合図を送る。「最低でも4位」というノルマを果たせて、ホッとしたということだったのかもしれない。
「今日のゲームは勝って生き残るか、負けて姿を消すことになるかしか考えていなかった。まあ、これから先を期待してほしい」
 と、やや婉曲的な表現ながらカップ獲得をめざす宣言。
 ロナウジーニョが次の試合に出ることができないとしても、残っているチームの顔ぶれを考えれば、ブラジルが圧倒的に優位のはず。もっと強気の発言を期待していたのだが、フェリペ監督自身、「王者ブラジル」という手応えをまだつかみ切れていないのかもしれない。


■「アリラン」の奇跡 (「週刊朝日」02年7月19日号)                   
                       

 6月22日。晴れ。光州(クワンジュ)。
 スペインの4番目のキッカー、ホアキンがボールをセットして後ろに下がった。ぼくの目の前20メートルほどのところで、ホアキンがPKを蹴ろうとしている。ぼくはゴールの真裏で観ている。
 PK戦というのは、「丁半博打」に近い心理戦である。キッカーとGK、どちらか先に仕掛けたほうが失敗するケースはよくある。
 スペインのカマチョ監督の秘蔵っ子ホアキンにとって、今日はつきのないゲームだった。ペナルティエリアのなかでノーマークで放ったシュートは大きくダフり、あるいはGKの正面へと飛んだ。そういうゲームのあとでPK戦のキッカーに選ばれたことはホアキンには心理的に大きな重圧になっていたはずだ。
 苦い記憶を引きずったままPK戦に突入すると、プレーヤーはいらないことをやってしまう。彼が2番手、あるいは3番手のキッカーであれば、それほど硬くなることはなかったかもしれない。
 先攻の韓国のキッカーはすでに4人ともキメていた。もし自分が失敗したら、と弱気になった瞬間、ホアキンは金縛りにかかった。
 ホアキンがボールを置いて下がりかけたとき、「アッ、外す」という予感がした。
 ボールのセットから蹴るまで、わずか1秒か2秒のことだが、キッカーのリズム感、下がり方、上半身のうつむき加減など、どこかが違うのである。GKとの精神的な間の取り方とでもいえばいいだろうか。ホアキンはもう一歩、バックステップして、ひと呼吸置いてから助走に入るべきだったのに、彼はそうしなかった。GKのタイミングを外そうとして、姿勢に十分なタメがないまま助走に入り、ステップを無理矢理合わせようとしたため、右足をボールに合わせただけの力のないミスキックになった。
 PKというのは、GKの真正面を衝いたシュートであっても、スピードがあれば、GKは右か左に決め打ちしてダイビングするため、ゴールを割ってしまうものだ。ホアキンが蹴った力のない浮いた球は、韓国のGK李雲在(イ・ウンジェ)の餌食になった。
 少年のようなホアキンが泣きそうな顔をして立ちつくしている。
「テーハミング!(大韓民国)」と、李雲在をたたえる「イー・ウンジェ!」のコールが鳴りやまない。
 だれが最終キッカーになるのか。たぶん、洪明甫(ホン・ミョンボ)だ。彼が韓国にとって歴史的なゴールをキメることになるだろう。しかし、ゴールの瞬間は見なくてもいい。韓国のサポーターたちの喜びの瞬間を見たかった。ぼくはゴールに背を向け、通路の柵によじ上ってカメラを観客席に向けた。
 一瞬の静寂。スタジアム全体が洪明甫のキックを待つ。これが成功すれば、韓国の勝利「ベスト4」進出が決定する。

 光州で行われた準々決勝「スペイン─韓国」戦。このゲームは記者席からではなく、ゴール裏の喧噪のなかで立ち見で観たかったカードだった。幸い、韓国サポ軍団「レッドデビル」に届けるために、日本でこのカードの余りチケットをかき集めてきたH君から、ゴール裏席を1枚、分けてもらうことができた。
 問題は、試合開始までに静岡から光州にたどりつけるかどうか。
 静岡での「ブラジル─イングランド」戦の取材を終えてから、翌日の午後3時までに光州にたどり着くのは骨が折れる移動になる。
 静岡から最終の新幹線で広島まで下り、駅前のサウナで仮眠。朝6時発のこだまで博多に移動。韓国にいちばん早く到着する福岡9時40分発の仁川(インチョン)行きで韓国入りして、仁川国際空港から金浦空港にタクシーで移動する。12時10分発の光州行きのフライトに間に合えば楽々セーフ。その便に乗り遅れれば、次の便では試合開始に間に合うかどうか微妙になる。最悪のケースを考えて、「金浦─光州」間のフライトは2便とも2カ月前から押さえてはいたが、W杯観戦の移動としては、史上最悪の行軍である。
 JAWOC(W杯日本組織委員会)とKOWOC(韓国組織委員会)には、このゲームに備えて、プレスや一般観客向けに、「名古屋─光州」間にチャーター便を出すよう要請していたのだが、実現してもらえなかった。こういう問題を詰め切れなかったのも、2カ国共催の問題点のひとつだろう。
 仁川から金浦への乗り継ぎ時間は1時間10分。福岡発の飛行機が10分でも延着すればアウト。取材道具だけを詰めたバッグをひっつかんで仁川空港内をバタバタ走る。入管の行列で足止めを食えば、やはりアウトなのだ。
 タクシーに飛び乗り、空港カウンターに「いまそちらに向かっています。チェックインしますから、待ってて」と電話を入れつつ、運転手に「飛ばせー!」と叫びっぱなし。困ったサッカー客である。
 離陸20分前になんとか滑り込みセーフでチェックイン。いやあ疲れました。ヘトヘト。でも、ロスタイムで同点ゴールの心境。
 この準々決勝の一戦には、日本のファンが大量に観戦に来ると予想していたのだが、「スペイン─ポルトガル」でも、「スペイン─イタリア」でもなくなった番狂わせのせいで、当日キャンセルが続出した。超人気の光州行きにやや空席ありという予想外の展開。

 ゴール裏席は「レッドデビル」が陣取る韓国サポ席ではなく、スペイン・サポ席。しかし、9割方は「Be the Reds!」の赤いTシャツを着た韓国サポが埋め尽くしている。
 韓国サポが9割といっても、一生に一度の試合だからという、サッカーファンでもない「にわかサポ」が多数のため、ゲーム開始からしばらくは声もそろわない。
 ゲーム自体はスペインが支配していた。スペインは切り札ラウールが負傷欠場していたが、攻めの厚さで韓国を圧倒しており、いつかゴールが生まれそうな予感があった。韓国のサポたちもスペインのほうが実力は上とわきまえている。スペインの攻勢のたびに、ブーイングよりも悲鳴が上がる。
 後半開始直後、韓国ゴール前のヘッディングの混戦からスペインがゴール。韓国サポ意気消沈。しかし、ペナルティエリア内でスペインに反則があったらしく、ゴールは認められず。ゴール裏からでは、なぜノーゴールになったのか、わけがわからない。しかし、この判定に韓国サポは大喜び。
 後半61分、韓国サポの応援歌「アリラン」をレッドデビルが歌い出した。スタジアム全体が呼応して3万人が歌う「アリラン」が地鳴りのようにスタジアムを揺する。この「アリラン」の大合唱以後、スタジアム全体が韓国サポのエネルギーに支配されることになる。

「♪ア~リラン、ア~リラン、ア~ラリヨー。ア~リラン・コーゲル・ソモガンダー(アリラン、アリラン、アラリヨ。アリラン峠を越えていく)」
「アリラン」は悲恋の歌だったはずだが、韓国のロックバンドがロック調にアレンジして力強く歌って大ヒットさせて以来、韓国人のだれもが歌える国民歌として、韓国チームの代表的な応援歌になった。
 サポーターたちの歌声が韓国の選手たちを勇気づけている。
「アリラン」を聞きながら、不覚にもぼくは泣いてしまった。スタジアムにいるサポだけでなく、たぶん韓国全土でいま数百万人が「アリラン」を歌っているはずだ。そういう熱さにぼくの涙腺は弱い。
 なぜ、涙がこぼれたんだろう。
 ナショナリズム(「同胞」意識)というものを、ぼくはこの30年近く、自分のなかからできるかぎり削り取って暮らしてきた。そのこと自体を悪いことではなかったと思っている。そんなものはないほうがいいのだ。その結果、ハグレてもいいじゃないかと思って生きている。
 しかし、たった歌一曲で、ここまでひとつになることができる現実を見せつけられると、ハグレないで生きることのできる社会というものに、うらやましさを感じないわけではない。
 ちょっと寄り道しよう。なぜW杯を追いかけるのか。
 サッカーというゲームそのものがおもしろい。それはもちろんだが。「アリラン」に限らず、サポーターたちの歌声を聞くとき、そしてその歌声で確実に、そのチームがエネルギーを注入されているのを感じるとき、ぼくは、ぼくたちはなにを失ったのか、失ったことは正しかったのか、ぼくたちが元気を取り戻すためには、なにかほかに方法がないのかということを考えるのだ。それは夢想に近い。
 W杯という現象のなかに、そのヒントは確実にある。たとえば、賢明なレッドデビルたちは、光州のゲームで、「プライド・オブ・コレア」ではなく、「プライド・オブ・アジア」と人文字を描いた。
 ナショナリズムという厄介な角の先を丸くする術を彼らはちゃんと心得ていた。「コ・リスペクト(互いに尊敬し合う)」という在り方の模索と実践のヒントをぼくは若い彼らから教わるのである。

 スペインの攻撃はシュートまではいくが、ゴールを割ることができない。決まったと思ったゴールを取り消されることほど、アウェーチームにプレッシャーを与えるものはない。70分過ぎからゲームは延長戦になりそうな予感が濃厚になった。
 日本から来た数少ないスペイン・サポが「エスパニョール!」と声を振り絞るが、圧倒的な「テーハミング!」コールにかき消される。
 延長戦前半9分、スローインからのチャンスにモリエンテスが放ったシュートは、ゴールポストを叩き、スペインの勝利の女神はどこかに飛び去った。
ヒディンクが意図したとおりのゲームとなった。
「ベスト16戦を2日早くクリアして、体力回復の時間が2日多かったスペインに対して、われわれは守り重視のゲームをするしかなかった。そして選手たちはそれをやりとげた」と、ヒディンク監督は勝因を語っている。

 韓国の選手たちがスクラムを組んでベンチ前で踊っている。
 幸せな光景。日本のサポだって、その幸せを見るチャンスはあった。正直言うと、「韓国、おめでとう」という気分とうらやましさとでやや複雑である。
 韓国はポルトガル、イタリア、スペインを下した。ヨーロッパの強豪を3連続、撃破したのであれば、フロックではない。レフェリーのせいで韓国が勝ったという人もいるだろう。しかし、それは韓国の選手たちに責任があることではない。
 サッカーとはそのようなゲームなのだ。ホームチームはプレッシャーをポジティブに受け止めて力に変える。アウェーチームはプレッシャーをネガティブに受け止めてしまう。演劇的に解説すれば、ホームチームは「立ち役」、アウエーは「敵役」として成立するのがサッカーというゲームである。ホームの強みを最大限に生かすことで、韓国の奇跡は続いてきた。
 ともかく、この勝利で、韓国はあと2戦を戦うことになった。32チームの出場国のなかで、本大会で7試合を戦うことができるのはわずか4カ国だけ。
 ゲーム後、ミックス・ゾーンに現れた洪明甫に「日本からおめでとう」と声をかけた。
 洪明甫は「ありがとう」と、強く手を握り返した。頬はゲッソリとこけ、たぶん、体重は7、8キロ落ちているだろう。洪明甫だけでなく、ベテラン選手を要所に配置して勝ち上がってきた韓国にとって、次のドイツ戦は厳しい戦いになるのは必至だった。
 ソウルに戻り、KOWOCのオフィスで偶然、鄭夢準(チョンモンジュン)韓国サッカー協会会長に会った。
 横浜であなたのチームが戦うのを期待していると、お祝いを述べる。普段であれば、記事に使えそうな気の利いた言葉を返してくる鄭夢準なのだが、彼自身、チームのあまりの躍進にとまどっているようだった。
 ここまで勝ち上がったことですでに十分、満足しているということだろうか。ドイツに敗れたとしても、三位決定戦なら、ホームで移動なしで戦うことができる。彼はもうそちらを望んでいたのかもしれない。
 韓国の記者たちに聞いても、「われわれは十分、満足した。もし、次の試合を落としたとしても、選手たちをたたえるだけだ」という意見が圧倒的に多かった。

 6月25日。準決勝第1戦「ドイツ─韓国」。
 気温は思ったほどあがらず、涼風。天候は暑さに弱いドイツに有利だ。
 前半8分李天秀(イ・チュンス)が放ったボレーシュートを、ドイツのGKカーンが右手一本でかろうじてクリアした。決定的とも思えるワンチャンスをカーンに阻まれたことで、韓国は敗れた。
 韓国の選手たちがベスト4に満足していたとは思えない。彼らにはまだドイツに打ち勝とうとする戦意はあったが、もう足がついていかなかった。後半、同点に追いつくカウンターのチャンスがあったが、パスを出すだけの足が残っていなかった。
 それにしても、まさかドイツがファイナルに勝ち残るとは。
 最初の観戦予定には入れてなかった韓国戦とドイツ戦を結局、2試合ずつ観ることになった。
 予想が大外れの不思議なW杯である。
 準決勝第2戦「ブラジル─トルコ」戦は、2度目の同一カード観戦になる。トルコ戦だけで4試合目。ブラジル戦も4試合目。トルコがグループリーグ戦の失敗に懲りて、ディフェンシブに戦ってくるかどうか。それでも、ブラジルの優位は動かないだろう。
「ブラジル─ドイツ」のファイナルになるのだろうか。 
 ソウルのW杯スタジアムの上に、ボールのような満月が光っていた。レッドデビルたちが太鼓を叩きながら、最後の雄叫びを挙げている。
 ぼくの韓国サイドでの観戦カードはすべて終わった。残りあと2試合。終幕が少しずつ近づいていた。
(6月26日ソウルにて)

 話があとさきになるが、少し補足しておこう。
 6月22日の「スペイン─韓国」戦について。
 ゲーム後、レフェリーのジャッジについてさまざまなクレームが出た。
まず、スペインのモリエンテスはゲーム後のインタビューで、
「ぼくたちは2本のゴールを審判によって奪われた。W杯はフレンドリー・マッチじゃないんだ。もっとましなレフェリーをどうして使わないのか」
 と批判した。
 スペイン協会はゲームの翌日、FIFAのブラッター会長に対して誤審があったとの抗議文を出した。
 FIFA側も、キース・クーパー広報部長が、FIFA審判委員会のエルジク委員長の発言として「今大会でミス・ジャッジが1、2あった」と、どの試合のどの判定とは明示しなかったものの、誤審があったことを認めた。

「スペイン─韓国」戦で問題となったのは、次の2つのプレーだろう。
 ひとつは後半4分の韓国ゴール前のヘディングの競り合いからのオウンゴール。もうひとつは延長前半2分のホアキンがゴールライン際から上げたクロスをモリエンテスがヘッドで決めたシュート。
 まずオウンゴールのほうは、なぜノーゴールになったのか理由がわからなかった。競り合いのなかでスペインのプレーヤーが手で押したという判定だったと思われるが、これは主審がどの位置で観ていたかにもよるだろう。だれがどのようなファウルを犯したのかはゴール裏から観ていた限りでははわからなかった。
 延長前半のホアキンのクロスについては、副審が旗を上げた以上、そこでボール・デッドである。これも、観客席からではボールがゴールラインを割ったのかどうかは確認のしようがない。
 ゲーム直後、記者席にいた記者連中から「あれはミス・ジャッジでしたね」という話を聞いたが、それはモニターでリプレーを見ているから言えること。ぼくの取材メモには、「スペイン22クロス→9アウト」としか書いてなく、あとで言われて、ああ、これのことかと思い出したが、ゲーム中はボールデッドになったプレーのことなど、次々に忘れていくものだ。あとでニュースの映像を見てみると、たしかにボールはラインを割っていないように見えたから、ホアキンのクロスは副審の誤審の可能性が高いとぼくも思っている。
 誤審によってゴールを認められなかったスペイン・チームやホアキン、モリエンテスには同情する。
 しかし、「スペインは誤審によって勝利を奪われた」という議論が、「韓国は誤審によって勝利を奪った」というニュアンスを持ってくると、それは違うだろうとぼくは思うのだ。
 スペイン戦の誤審よりも、たとえば「ドイツ─アメリカ」戦のアメリカのシュートをゴールの枠のなかでドイツのディフェンダーが手でクリアしたが、審判はPKを取らなかった。あのファウルの判定はサッカーファンのだれもがミスジャッジだと思うのだが。しかし、「ドイツは誤審で救われた」とか、「アメリカは誤審で同点に追いつく機会を失った」という議論にはならなかった。
 しかし、韓国のゲームについては「ポルトガルは2枚のレッドカードという疑惑のジャッジで敗れた」「トッティの2枚目のイエローで韓国は勝った」「疑惑のジャッジで韓国がスペインを破った」というような馬鹿な話を訳知り顔に書く連中が出てくる。
 ぼくはポルトガルを応援していたが、朴智星のあのゴールは今大会でも屈指のビューティフル・ゴールだったと思っているし、ジョアン・ピントのタックルはレッドを取られても仕方なかったと思っている。イタリア戦の薛ギ鉉(ソル・ギヒョン)と安貞桓の2得点も審判のジャッジとは関係ない韓国が決めたゴールである。
 スペイン戦で韓国は確かにミスジャッジで救われたかもしれないが、それは審判の問題であり、韓国チームと韓国の選手たちには関係のないことだ。
 サッカーとはプレーもジャッジも生身の人間がやっているゲームである以上、誤審の可能性はどんなゲームであってもつきまとう。では、ラグビーやアメリカン・フットボールのようにリプレーでチェックする方法を採用すればいいのかというと、サッカーというゲームはワンプレー、ワンプレーで止まるスタイルのゲームではない。
 怪しいジャッジに対しては観客席からブーイングは飛ばすが、そのままゲーム(つまり緊張感)が続くというのがサッカーの最大の魅力ではないだろうか。

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