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バンコク 北朝鮮戦 勝てば官軍―ジーコの不安 

北朝鮮戦後レポート 
勝てば官軍、ジーコの不安-ドイツへ!(読売ウィークリー)
14字×220行
6月9日朝3時送稿

 ドイツW杯出場が決まった。確かにそれはよかったのだが。
 無観客試合というものがかくも寂しい気分になる試合だとは予想していなかった。
 ゴールキーパーの川口能活は、無観客試合について、こう語っている。
「不思議な気分でした。自分たちのゴールを自分たちだけで喜んじゃっていいっていうのが変な感じというか、ものすごく新鮮だった」
 数十年前の高校サッカーの県予選でも見ているような感覚のゲーム。
 観客は記者団のみという話が、タイサッカー協会の関係者ら多数が入場し、プレスと合わせて約1000人が見守る。警官隊が監視しているのだが、日本サポーターや、タイ協会にコネがあると称するタイのサッカーファンで、ゲーム開始前のスタジアム入り口は混乱の極み。入場パスなしで入り込んだファンを、FIFA(国際サッカー連盟)からやってきたインスペクター役のFIFA幹部がスタジアム外に追い出す。
 主将の宮本恒靖と川口の指示の声がはっきりと聞こえたのが新鮮といえば新鮮だった。ジーコ監督は、選手が水のボトルを取りにくるときに、アドバイスするだけでほとんど無言。
 スタジアムの外、バックスタンドの裏でサポーターたちが叩太鼓の音が遠く聞こえる。
 スコールは来なかった。試合開始時の気温34度。微風。湿度70%強。
 芝生があちらこちらではげちょろけてピッチ状態は最悪。タイ教育省のスタジアム担当官が、「このピッチ状態で大丈夫だろうか?」と心配していたが、タイではとっくにサッカーシーズンは終わってしまっているのだから、「仕方がないよ。それより、この試合を引き受けてくれてありがとう」と、お礼を言うしかなかった。

 北朝鮮戦に出場した選手たちに「引き分けでも可」という意識はなかったと思う。自力でドイツへの切符をもぎ取るんだという決意はあるのだが、最初から飛ばすことができる気温ではない。最後まで走れる体力を温存する試合になるのは最初から予想されていた。
 ゲーム後、福西崇史が笑顔を交えて、正直に話している。
「さすがに後半はバテバテでした」
 前半はセーフティーに、後半、北朝鮮の足が衰えてきたところでトップスピードにというゲームプランだったはずだから、予想どおりの展開。前半「0―0」。仕掛けの遅さはいつもどおり。
 ハーフタイムに、出場停止の中田英寿ら控え組といっしょにスタジアム上段の特別席で試合を見ていたエドゥー(ジーコ監督の兄、チーム・テクニカル・アドバイザー)が階段を駆け下りてベンチに向かうのが見えた。精彩がなかった鈴木隆行に代えて、後半開始からの大黒将志の起用は、エドゥーのアドバイスだろう。
 大黒投入後、彼の速さと高さ、球際の強さで、日本が攻撃する時間帯が多くなり、1点を挙げるのは時間の問題になる。1点目も大黒のマークで北朝鮮ディフェンスが崩れ、足下に落ちたボールを柳沢敦が一瞬早く、ゴールマウスに叩き込んだもの。大黒本人の2ゴール目はおまけと言っては失礼か。
 埼玉での初戦の北朝鮮戦のときと異なり、イエロー累積や負傷欠場で戦力低下が著しかった北朝鮮を相手に、最初のゴールが後半27分。いかにも勝ち味が遅い。アジア予選レベルでこれでは困るのだ。
 キリン杯で記者団から揶揄(やゆ)されてしまった鈴木に、名誉回復の機会を与えたかったジーコの温情はわからぬでもないが、最初から大黒を起用して相手ディフェンス陣をズタズタにしてしまうという積極策をなぜ取らなかったのか。
 勝ち味の遅いのがジーコ采配と、笑っていられる場合ではない。「ジーコ・ジャパン」はこれでドイツ大会に出場することになるのだから。

 北朝鮮戦は、ジーコ・ジャパンのドイツW杯出場が決まる試合であるということと、地上波・BS合わせて、視聴率がたぶん50%近い数字を記録するのではないかという「一大社会現象」としての意味をあわせもっていた。
 応援に出かけたくても、テレビで応援するしかない不思議なナショナル・マッチ。
 果たしてこの試合がテレビの前のファンをドキドキ、ハラハラ釘付けにするほどの試合だったのか。そんな興奮があったのかどうか。スタジアムでは残念ながら興奮ゼロ。無観客試合など、二度と見たくない。
 代表放映権獲得でホクホク顔のテレビ朝日は、社長自ら、バンコク入りしてスタッフを叱咤激励。放映権を持たない各局も、バンコクに飛んできたサポーター(約200人前後)を追いかけて前日から右往左往しているし、プレスルームも、普段はサッカー担当ではない遊軍記者たちでごった返して座る場所もない。
 今後、一〇年、二〇年、この試合は「北朝鮮とのあのW杯予選」と話題にされる試合にはなるだろう。しかし、サッカーファンがよく言う「ゆるい試合」でしかなかったし、タイの記者には、はっきりと「ダル・マッチ(退屈な試合)」と言われてしまった。

 北朝鮮戦は「ジーコ・ジャパン、ドイツW杯出場決定」のお祭りゲームでしかなかった。
 バーレーン戦、バンコクでの北朝鮮戦と、酷暑の連戦を2連勝して、ジーコ監督はドイツ大会出場権獲得という責任は果たした。
 しかし、これでドイツ大会で日韓W杯時の「ベスト16」を上回る成績を挙げることができるのかどうかとなると、代表戦を追いかけてきた記者団のほとんどが「ウ~ン?」と首をひねらざるをえないのも事実。
 キリン杯で格下と考えていたペルーとUAEにノーゴールで連敗し、川淵三郎日本協会会長も、さすがに「ジーコ更迭」の意志を固めざるをえないと受けとめられていた。
 バーレーン戦が、もし「0―0」の引き分けであっても、川淵会長は、監督更迭を打ち出さざるをえないだろうと、協会幹部や協会関係者の多くが、バーレーン戦をジーコ監督のラスト・チャンスと位置づけていた。
 しかし、バーレーン戦で「孝行息子」小笠原満男の値千金のゴールで、W杯出場権に王手をかけると、川淵会長の「ジーコ更迭」の方針はあっさりと後退してしまった。
「ジーコ采配への疑問はバーレーン戦の勝利で払拭されたか?」という筆者の質問に、
「疑問? そんなものはいっさいない。疑問を持っているという人が勝手に疑問に思っているだけのことでしょう」
と、川淵会長、要らないことを聞くんじゃないよとばかりにジーコ更迭を全否定。
 ジーコも、
「自分は監督を引き受けたときから、辞めろと言われたら、いつでも辞める決意はできている。しかし、とにかく出場権を獲得することが自分の責任」
 と、答えてバンコク決戦となった次第。
 少なくとも、6月14日からドイツで開催されるコンフェデレーションズ杯で「ノーゴールの3連敗」というような結果でなければ、このまま「ジーコ体制」でドイツ大会へというのが既定路線になるだろう。
 アジア予選を通じて、ジーコ采配のなにが多くのサポーターに不安感を抱かせたのか。ジーコが取ってきた各ゲームでの戦術や招集戦力を分析して、それが正しかったのかどうかを正確に分析して、今後の代表チームの強化につなげていかなければならない。 2006年ドイツ大会に出場することが、4年先、8年先の日本サッカーの底上げにならなければ、せっかくのW杯出場も意味がない。
 サッカー協会は、そのような明確な目標を、クリアしなければならない課題としてジーコにはっきりと提示すべきだろう。
 勝てば官軍では困るのだ。アジアレベルからワールドレベルへの戦いに「ジーコ・ジャパン」が太刀打ちできるのか、いま一歩、ステップアップするためには、甘えは許されない。
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