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トリノ五輪「そんな馬鹿な!」五輪の話

トリノの話が出てきたついでに、長野五輪の馬鹿な思い出。

白馬村のスキージャンプ会場で、猛吹雪のなか、ポーランドの爺さんを6人救助した。
船木和喜が金メダルを取ったラージヒル決勝の朝のことだったか。団体戦の朝だったか。
皇太子殿下ご夫妻が観戦にいらっしゃったのと、急な雪で除雪作業が1車線分しか間に合わなかったため、ジャンプ会場周辺は車の立ち入りが禁止に。
吹雪でどちらに行けば駐車場があるのか、まったくわからない。
路上で警戒している警官隊も、香川県警や神奈川県警からの応援部隊。道を聞いてもだれも自分がどこにいるのかわからない状態。
観客数千人、バスが待っているはずの駐車場を求めて、ジャンプ台周辺をぐるぐる歩いてさまようだけ。

ジャンプ台を2周か3周しているうちに、ポーランドの爺さんたちと一緒になった。
ポーランドのテレビ局の偉いさんらしい。
ホテルの車でジャンプ台まで送ってもらったのに、迎えの車が来ないのでホテルまで歩いて帰るとのこと。
爺さんたち、ホテルの名前もうろ覚え。調べてあげたくても、携帯電話がつながらない。
「10時半までにホテルに帰らないといけないんだ。プレジデントが来るから」
と、爺さん、あわてている。
急ぎではなかったので、爺さんたちを連れて、玄関が開いてそうな家を訪ねては、うろ覚えのホテルの場所を聞いて道案内。

5時から雪の中にいたので体は冷え切っていた。爺さんたちも同じ。
持っていたブランデーとチョコレートを爺さんたちに一口ずつ分ける。
アルプスで迷った爺さんを助けた心の広いセントバーナード犬みたいな心境。

爺さんのひとりのポケットからホテルカードが出てきて、ホテルの名前だけ判明。
まったく反対方向に歩いていた。「10時半まで、10時半まで」とあわてているので、とにかくそのホテルまで連れていくことに。
30分か40分、雪道を歩くこと、「ああ、ここだーッ。ブラボー!」と、爺さんたち、大喜び。

「プレジデント(放送局の会長さんかな?)に会わせたいから、寄っていけ」
と言われ、こちらも朝からなにも腹に入れてないので、コーヒーでも一杯飲ませてもらおうとホテルに入れてもらった。

スキーウェアも背中のリュックも、スノトレも雪でグショグショ。
ロビーで雪を払っていると、爺さんが門番みたいな同僚2人を連れてきた。
「ムッシュー・イシカワ。これはこれはいらっしゃりくださり…」と、門番みたいなひとりがフランス語なまりの英語で、おおげさなポーズをつけて歓迎の弁。
「エッー!?」と、そのとき、一瞬、思ったんだけど、爺さんにそのまま腕を引っ張られて、ホテルのなかに連れ込まれる。

爺さんが言っていたプレジデントというのは、ホントにプレジデントだった。
ポーランドの大統領。クワシニエフスキ大統領(名前はあとで知った)。
連れていかれたところは、バイキング式のパーティー会場で、クワシニエフスキさんも自分のお皿に料理をよそっていた。

爺さんが、「この日本人に助けてもらった」とか、なんとか、大統領に申し上げたら、前に並んでいたアメリカの紳士2人に、「申し訳ないが、いまはわれわれが拝謁中とか」言われて、後ろに並ぶ。
「ザコパネが開催地となったあかつきには、わたしどもリー○○○社は全面的にバックアップいたします」とか、着ているものを観ればエグゼクティブとわかる2人が申し上げているのを聞いて、なんとなく納得。

ぼくの番が着て、「大統領閣下、ここで閣下に拝謁いたしますことは恐悦至極…」とかなんとか、思い出せる尊敬語、謙譲語、丁寧語、並べ立ててご挨拶したけど、このときほど、しどろもどろになった経験はないなあ。
爺さんが「この親切な日本人のおかげで…」とか、説明してくれるのをクワシニエフスキさん、ニコニコ顔で聞いてくださって、「今日はパーティーを楽しんでください」と、ありがたいお言葉。

臨時に席を作ってくださり、まわりの方々とお話したら、中南米のIOC理事の方ばかり。ベネズエラの油田のオーナーとか、アルゼンチンの銀行頭取とか、航空会社を持っているとか…。彼らも突然、同じ席になった変な日本人にどう対処していいか困っていたと思うけど…。同じテーブルにいた2人は、後に五輪招致疑惑でIOCから追放された。

ポーランドが2006年の冬の五輪招致のために開いたパーティーだった。結局、このパーティーも功を奏さず、2006年五輪はトリノに決まってしまったのだけど。

雪道で難儀している爺さんを助けたら、大統領に会ってしまったって。
いま考えると、変な話。

文化イベントや外交の場では、こんなことありえない。ノンアポで国家元首に会ってしまったなんて、
何重にもセキュリティで守られているから起こりえないです。
スポーツの世界というのは不思議というか乱暴ですからね。
思わぬ人と出会ったり、仲良くなってしまうことがときどきある。

まあ、今日の教訓。
雪道で遭難しかかってる爺さんは助けよう。
トリノに出かける人はポケットかリュックに、ブランデーかチョコレートを入れておこう。

2006/01/30 石川とら


追記:読者の方から「船木和喜選手が金メダルを取ったのはノーマルヒルではない」とのコメントをいたたいた。ご指摘、ありがとう。
98年のころの仕事については、何度かの引っ越しで、資料など、すべて捨ててしまったので、正確な確認が取れないのだが、皇太子殿下が白馬入りして警備混乱が朝方の積雪とともに発生した日だった記憶がある。
ラージヒルの競技が行われた朝だったか、団体戦が行われた日だったか、正確を期すことができないのだが、ここに書いた話は、事実、あった話である。98年の「中央公論」3月号か4月号に「長野五輪ルポ」として、現場から原稿を書いているので、目くじらを立てたい方は、図書館ででも探して読んでくだされば。その原稿のほうが正確でしょう。

いただいたコメントは、そのまま掲示しますが、筆者も人の子ですので、ほかのレポートもどんどん書く気でいるけども、そういうモチベーションをそぐ、「皮肉や悪意を感じざるをえないもの」については、申し訳ないが、1週間で削除します。
そのことはご了解いただきたい。読みたくなければ、来なければいい。
単純な話です。


長野五輪の思い出 次の記事へ--->http://tra3.blog43.fc2.com/blog-entry-185.html



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1件のコメント

[C64] 訂正。

ご指摘ありがとう。
ノーマルヒルじゃなかったかな? ラージヒルのときか。
そうですね。ノーマルヒルのときは、ジャンプ台の上にいて、里谷がメダルをとりそうだという無線の連絡が隣にいた朝日のスタッフに入ってきてビックリした記憶がある。
ラージヒルの日でしょう。
「知ったかぶりして、わけわからなデタラメ…云々」は、それぞれの読者がどう受け取るかですから、別にかまいません。ご指摘の件はありがとう。訂正しておきます。
長野五輪のルポは、98年の3月号か4月号に「中央公論」の依頼で、長野から2回書いた記憶があります。ここにあった話は事実です。どうも。


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