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郷里の変貌

新年おめでとうございます。今年はいったいどこに出かけることになるのか、請うご期待です。本年もよろしくお願いいたします。
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年末、急な弔いで五年ぶりに郷里(西条)に帰った。
市町村合併や台風二一号の被害など、話には聞いていたが、久しぶりに車で走って町の変貌に驚く。
故郷を離れて三十数年、そりゃあ変わって当然といえば当然かもしれないが。

ぼくが育った集落は四十年前の昭和四〇年ころで、世帯数二十数戸の川沿いの小さな集落だった。字は「八丁新開」といい、明治期に開発された干拓村である。
町場から二キロほど離れた集落で、わが家が昭和三十二年に引っ越してきたときには、町のほうのお隣まで約五〇〇メートル、集落の側の隣家まで二〇〇メートル離れた文字通りの田んぼのなかの一軒家だった。
引っ越した当時、集落の何軒かにはまだ電気が引かれていなくてランプが使われていたことや、町の市場まで一時間近くかけて牛に引かせた荷車で通ったことなど、いまも懐かしい。

その二十数戸しかなかった集落がいまや二百数十世帯に膨れあがっている。かつてのたんぼ道の上を新居浜と今治を結ぶ産業道路が突き抜け、道路の両側は住宅地に変わり、育った家屋敷も賃貸マンションとなって跡形もない。
わずか五〇年。正確には新産業都市に指定された昭和三十九年以来のことだから、四〇年での大変化。

そんなわけで、西条の町のいたるところが普請中であった。
全国、どこに出かけてもこの長期不況のなか、景気のいいのにこしたことはないのだが、いったいどこまで変わっていくのか。
土産を買いに寄った商店街には客足もまばら。スクラップ・アンド・ビルトしようにもコストがかかる旧市街だけがモータリゼーションと開発の波から取り残されたようだ。

風景だけでなく、広域合併で、地方自治や行政のシステムも大変動した。故郷らしさをいかに残しつつ、新たな広域都市作りが進められていくのか、住民でなくとも気になるところだ。

(2005年1月4日「愛媛新聞」掲載)
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