ドラガン・スタジアムの上に銀色の満月が光っています。
今日で18試合が終わりました。
ゲームが終わってもう2時間くらいになるのだけど、ぼくの心はまだオロオロと宙をさまよっているままです。
「フットボール・ハイ」とでも言ったらいいのかな。引き絞っていたテンションが予想もしなかった結末にどうしていいのか、行き所を失っています。
呆然としています。
チェコがどのようにして敗れたかということも、いかにギリシャの選手たちが全力を尽くして戦ったかも、すべて目の前で起こったことですから、論理的にすべてわかっているのだけど、ファイナルがオープニング・カードと同じ「ポルトガル―ギリシャ」になるなんて。
あまりのシナリオの見事さにドギマギしています。そして、もう最後の一幕しか残ってないことに、寂しさと悲しさを同時に感じてしまい、涙が出そうになる。
ゲーム終了と同時に座り込んでしまったチェコの選手たち。痛めた右足をひきずりながら、ザゴラキスの手をとってギリシャの健闘を称えたネドベド。無念さを隠しきれず、会見室で口を開くまえにゴクゴクッと水を飲み干したブリュックナー監督。ボトルを持つ手が震えていました。今大会での活躍についての質問には口をつぐんだバロシュ。ゲーム終了から1時間ほどの間に見つめなければならなかった敗者のさまざまな姿がぼくを感傷的にしている部分もあるでしょう。
それにしても、とんでもない大会になりました。ポルトガルは全国民から勝ちを義務づけられるファイナルを迎えなければならない。勝てばいいけど、そんなゲームを戦わなければならないフィーゴたちのことを思うだけで、ぼくはせつなくなる。
チェコのサポーターたちが「チェシ!チェシ!」と、叫びながら通り過ぎていきます。でも、もうあの勇猛果敢な叫びではなく、お通夜の行列です。頬(ほほ)の絵の具は涙で溶け落ちている。
勝者にも敗者にも、サポーターにも、中立の観客にも、ぼくらプレスにだって、いろんな感慨を抱かせるのがこういう大きなトーナメントのセミ・ファイナルというものなのです。
今日はギリシャについて書かないといけませんね。
ギリシャ・ディフェンス、よく守りました。ポルトガル戦やフランス戦のときと同じように、ギリシャは、マンツーマン・ディフェンスを敷きます。
チェコの2トップ、コレルにはカプシスが、今大会の得点王バロシュにはセイタリディスがマンツーマンでマークします。また、2ボランチの中央にカソウラニスがアンカー役で入ってネドベドに当たります。
しかし、そんなことが判明する以前、ゲーム開始わずか2分、ロシツキーが放ったミドルシュートがゴールバーに炸裂しました。開始早々のゴールになってもおかしくなかった豪快なシュートだった。その後も、チェコの攻撃の力強さを見せつけるような攻撃が続きましたので、まさか前後半「0-0」のままゲームが延長に入ることになるなんて予想できないゲームでした。前半から力でねじ伏せてしまおうというようなチェコの意欲を感じました。
ゲームの分岐点は、前半32分のネドベドの負傷にあるように思います。
実は、ゲーム前から、ギリシャが対等のゲームをしようとするなら、すでに前のデンマーク戦で1枚イエローカードをもらってしまっているネドベドに対して、カソウラニスかザコラキスが徹底的なマークを敷いて、神経戦をしかけるのではないかと見ていました。
最悪の場合は、双方にイエローを出されて、ネドベドが次のゲームに出られないなどというケースもありうるとさえ考えていました。
ギリシャにしてみれば、ネドベドがイエローを恐れてラッシュしてこない消極的なプレーをしてくれるほうが自分たちのゲームになるわけです。
ただし、それは余計な心配だったようで、コッリーナ主審の笛は、イエローをあまり取らないレフェリングだった。
しかし、肝心のネドベドがバックスとペナルティ・エリア内で衝突して、右ヒザを負傷してしまいます。ピッチ上で、望遠レンズでのぞいていた赤木真二カメラマンからの話だと、ネドベド自身が無理だと手を上げて交代したのだそうですが、前半でのネドベドからスミチェルへの交代はブリュックナー監督には誤算だったはず。
前半「0-0」のまま折り返し。
後半開始後、チェコはどんなにマークされていても、ゴール前で張っているコレルに合わせてハイボールやクロスを入れる戦術に固執します。
コレルが落としたところをロシツキーやバロシュが狙おうという戦法なのですが、コレルの肩あたりまでしかないカプシスが五分五分で競り合い、落ちたボールもギリシャ・ディフェンダーが一歩早く拾ってマイボールにしてしまう。
バロシュのほうもセイタリディスにつきまとわれて、身動きがとれない。
ゲーム後にバロシュにセイタリディスのマンツーマン・マークについて聞いてみると、
「自由にボールをキープできたのが1、2回しかなかった。完璧にセイタリディスに押さえ込まれた。それだけ素晴らしいディフェンダーだったということだ」
との答えでした。
――セイタリディスのマンツーマン・ディフェンスが90分保つと思っていたかい?
と続けて聞くと、
「あんなに最後まで走れるとは想像してなかった。いつか抜けると思っていたけど、結局、チャンスを作ることができなかった」
後半になって気温がどんどん下がり、ピッチ上で17、18度という涼しいゲームだったのも、運動量の多いマンツーマン・ディフェンスを敷いたギリシャには幸いした。
それでも、70分前後、ギリシャ・チーム全体に疲れが出て、あと一歩の足が出なくなってファウル連発という時間帯があったのですが、チェコのシュートはいずれもゴールの枠をとらえることができず。この時間帯に得点できなかったのがチェコには悔やまれる。
ギリシャのほうの攻撃は、前半からブリザスあるいはハリステアスをピンポイントで狙ったアーリークロスが中心。チェコも4バックスの前にガラセクを置いたディフェンシブなフォーメーションを敷いたため、単発のアーリークロスでは得点チャンスは生まれそうにない。
残り時間10分を切り、「1-0」の僅差のゲームになるしかない展開に。
ギリシャのレーハーゲル監督のプラン通りのゲーム進行だったと思います。
戦評メモに、「似たタイプのディフェンシブ重視。ビッグ・チェコ対リトル・チェコ。2人のタヌキ親父の考えは我慢に我慢。一発の失敗が命取り」と書いていますね。
前後半「0-0」で片が付かず。延長戦突入。なんてすごいディフェンシブなゲーム。
先にレーハーゲル監督がしかけた。すでに後半半ば過ぎにはバシナスに代えてジャンナコパウロスを投入していましたが、延長開始からヴリザスに代えてツシアルタスを入れた。走り勝つサッカーのために新しい血を迷わず入れたのがレーハーゲル。
一方、ブリュックナー監督は動かない。記者席から見ていてもコレルの足は止まってしまい、パスをもらってもボールキープできる状態ではないのに、あいかわらずコレルの高さに賭けるつもりか。ブリュックナー監督、これをゲーム後の会見で「延長後半に入るところで交代させるつもりだった」と悔やんでいます。
延長前半になってからは、ギリシャの時間帯。しかし、ペナルティ・エリアに侵入しても、シュートを打つことができない。
チェコも連続してCKのチャンスをつかむが、ギリシャ・ディフェンダー、集中力を切らすことなく、クリア。
102分、ギリシャ、フリーキックをゴール前に上がっていたデラスがボレーで合わせるも、GKかろうじて正面でクリア。ギリシャも最大のチャンスを生かせず、延長後半突入と思われた。
105分、ギリシャの左CK。ツシアルタスが蹴った速いCKをまたしてもデラスがニアで、ヘッドで合わせてゴール。
もう残り時間がほとんどない。ギリシャ・ベンチ、勝利を確信してみなピッチ上で抱き合って踊る。ギリシャ・サポーター席、騒然。チェコの選手たち、呆然と座り込む。
なんという結末。
ギリシャ、会心のディフェンシブ・ゲームで勝利をモノにする。
レーハーゲル監督、
「もっとも強いチームが勝つとは限らないのがサッカーというゲームなのだ」
と、ゲーム後の記者会見で語った。
ギリシャ 1―0 チェコ (前後半 0―0)(延長前半 1―0)
得点: デラス(延長前半105分・シルバーゴール)
*「シルバーゴール」とは、延長前半で決着がついたときは延長後半に突入しないルール。
【ギリシャ先発】GK:1ニコポリディス(パナシナイコス)
DF:14フィサス(ベンフィカ)、19カプシス(AEKアテネ)、5デラス(ASローマ)、2セイタリディス(パナシナイコス)
MF:6バシナス(パナシナイコス)→72分8ジャンナコパウロス(ボルトン)、21カソウラニス(AEKアテネ)7ザゴラキス(AEKアテネ)、20カラゴウニス(インテル)
FW:9ハリステアス(ブレーメン)、15ブリザス(フィオレンティーナ)→91分10ツシアルタス(AEKアテネ)
ギリシャ「4-3-3」 GK ニコポリディス
デラス カプシス
セイタリディス フィサス
ザゴラキス カソウラニス パシナス
ハリステアス カラゴウニス
ブリザス
↓
チェコ「4-1-3-2」 ↑
コレル
バロシュ
ネドベド ポボルスキー
ロシツキー
ガラセク
ヤンクロフスキー グリゲラ
ウィファルシ ボルフ
GK チェフ
【チェコ先発】
GK:1チェフ(レンヌ→チェルシー)
DF:6ヤンクロフスキー(ウディネーゼ)、21ウィファルシ(ハンブルガー)、5ボルフ(バニク・オストラバ)、2グリゲラ(アヤックス)
MF:4ガラセク(アヤックス)、11ネドベド(ユベントス)→40分スミチェル(リバプール)、10ロシツキー(ドルトムント)、8ポボルスキー(スパルタ・プラハ)
FW:9コレル(ドルトムント)、15バロシュ(リバプール)
レフリー:ピエルルイジ・コッリーナ(イタリア)
2004/0702 ポルトより。石川とら
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