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【スポバカ】EURO2004総括 ラスト・レポートfrom ポルトガル

 今日もリスボンの空は抜けるように青い。

 ホテル裏のレストランの親父は、ぼくがお悔やみの言葉をかけるまえに申し訳ながる。
「仕方ないのさ。フットボールだから。今日、帰るのか。リスボンはいい町だったかい?また来てくれるかい?今度は家族を連れておいでよ」

 1か月もひとつの国にいて、その国のひとたちからお世話になれば、涙もろいぼくなんか、その言葉だけでツーンときてしまう。

 ポルトガル、とてもいい国でした。今度は別の機会にまた来るね。

 EURO開催中は、ヨーロッパ各国からスリ団がポルトガルに入り込んでいたため、日本からの観戦客もプレス関係者も軒並み、被害にあった人が多いのだけど、今回は幸いここまでなんのトラブルもなく(失敗談には事欠かないぼくの旅としては、これは本当に珍しいことなのですよ。なくしたのはデジカメの連結コード1本だけ)、なんといい旅をさせていただいていることか。

 明日から頭のなかをサッカーから野球、MLBに切り替えてしまわないといけないので、ここで今回のEURO2004について、少し考えをまとめておきます。

 まず、今回のEUROで、ポルトガル政府や大会組織委員会がもっとも心配していたテロ事件が起きなかったことを評価します。
 3月のマドリードの列車爆破事件以後、ポルトガル政府はEURO各国政府と連携を取りながら、テロ対策にあたってきました。ポルトガルはイラクに国家警察(内務省警察部隊)を派遣しており(軍隊の派遣ではなく、治安警察部隊を派遣しているというのがポルトガル政府の建前になっています。そのあたり、復興支援活動のための自衛隊の派遣であって、戦闘部隊を派遣しているわけではないという日本政府の論法と似た状況にあります)、テロ活動の標的にされる可能性はありました。

 どの開催地でも、すべての入場者に対して徹底的なボディ・チェックが行われ、不便な思いもしました。あるゲームでは、細かいチェックをやりすぎたために、プレスが試合開始までに入場できなかったゲームもありました。2004年という時代が、スポーツの祭典であっても、そこまでやらなければ開催できない不安な時代なのだということを日本の方にも知っておいていただければと思います。

 ポルトガルが得たもの失ったもの。
 ポルトガル社会は、今回のEURO開催で大きな自信を得るはずでした。しかし、昨夜のファイナル敗戦で、またあきらめのいい国民性に逆戻りしちゃうかなあと、人ごとながらちょっと心配です。

 98年W杯のパリ・シャンゼリゼの50万人狂乱、EURO2000のフランス・チームのパリ凱旋、2002年W杯のソウルや光州の「テーハミング(大韓民国)」コール、あるいは大阪道頓堀の「トルシエええじゃないか」騒動と同様のカーニバルを見ることができなかったのは、野次馬としては残念でした。

 たかがサッカーで負けたくらいでと思うことができればいいのですが、日本と違ってポルトガルではサッカーは国技ですから、ポルトガル人の国民感情として、新興国のギリシャに2連敗したという痛みは、つらい記憶となって残ってしまうでしょう。

 空港では、ギリシャの応援団たちが「オーレ!オーレ!オーレ!」と大合唱しながら、次々にチェックインしていきます。ギリシャ・サポーター、どうも、半日以上、飲みっぱなしだったようです。みなヨレヨレです。

 これからアテネにいらっしゃる方もいるかもしれません。ギリシャ語をひとつ、お教えしておきます。「シハリティーリャ!(おめでとう)ギリシャ」。この言葉ひとつで、アテネで向こうの人と仲良くなれるはずです。

「ギリシャのサッカー界にとって、今回の勝利は大きな一里塚になるだろう。これまでギリシャのサッカーはギリシャ国内でさえ、バスケットボールに比べたら人気がなかったんだ。これまで支えてくれたすべてのファンとともに、この勝利を喜びたい」
 と、昨晩、ゲーム後に語ったのは、デラス(センター・バック)。

「これまでビッグ・クラブ同士の大舞台をテレビで見ていて、いつかぼくだって、あんなタイトルを取ることができたらと夢にみてきた。それをぼくたちが今日やってしまったんだ。これは夢じゃないんだ」
 と、興奮したまま話したのはフィサス(左サイドバック)。

 ギリシャが今回の勝利で大きな自信を得たのは確実です。
 ギリシャ・チームのマネージャー、パペロニウス氏(ギリシャ協会の事務局次長かな)に、今回のギリシャの勝利がアテネ五輪にどのような影響を与えるか、聞いてみました。
「五輪開催に向けて、国全体が元気になるよね。少なくとも、サッカーのゲームはこれで満員になるさ。ありがたいことだ」
 ――このチームからだれがU-23に回るのかい?
「そんなこと、話してやるもんか。だって君は東京から来てるんだろう。うちとやることになるかもしれないじゃないか。でもいいか。たぶん22番(パパドパウロス)だけかな?」
 という返事。

 今回のEURO2004の「プレイヤー・オブ・ザ・トーナメント(MVP)」に選ばれて男を上げたザゴラキス主将の、U-23入りはないようです。
 レーハーゲル監督は、2006年W杯予選突破を最優先に考えているため、A代表選手の体調を考えて、今回の優勝チームからのオーバーエージ枠入りは極力、断る意向とのこと。

 さて、EURO2004全体の総括。
 たしかに面白いドラマチックなゲームは多かった。筋書きとして面白いトーナメントでした。

 ギリシャは、前回王者のフランスを破り、目下ヨーロッパ実力「ナンバー1」と目されるチェコを破り、開催国ポルトガルを2度にわたって蹴散らし、スペインをグループ・リーグで敗退させたわけですから、事実、強かったのです。

 でも、昨晩の記者会見で隣に座った記者が、
「オレはモスクワから来たんだけどさ。うちだけがギリシャを破ったチームなんだよね。それも2点入れてね。ギリシャはチャンピオン。そこより強かったのはロシアだけなんだ」
 という話をするものだから、みな大笑いになりました。

 レーハーゲルは、フランス戦勝利後の記者会見で、「決勝トーナメントまで勝ち上がることのできるチームを3年がかりで作り上げてきた」と語りました。

 この言葉は、3年かければ、ドングリの背比べ状態のヨーロッパ・サッカー界なら、抜け出すことも可能なんだと読み替えることもできるでしょう。

 では、「レーハーゲル・ギリシャ」が選択したサッカーが斬新的なスタイルのサッカーだったかというと、そうではない。でも、勝っちゃったんだから強いのです。連戦連勝(ロシア戦を除いてね)だったわけですから、だれも文句が言えない強いチームがギリシャだった。

「でも、みんな楽しくないサッカーやってるよね。あんなサッカーで楽しいのかよ」
 と、言ったのはブラジルのプレス。
 ぼくも同感。
 だって、デコだって、クリスティアーノ・ロナウドだって、あるいはネドベドだって、ちっとも楽しそうにドリブルしてるようには見えないんだもの。ジュニーニョやロナウジーニョがドリブルしてるのって、子供がダンスかスキップしてるみたいに、こっちまで楽しくなってくるじゃないか。

 19連戦、面白いドラマを堪能することはできたけど、ちょっとだけ不満を言ってもいいなら、夢を見させてくれるような楽しいサッカーは少なかったかな。

 ヨーロッパ・サッカー、停滞してたよね(ナショナル・トーナメントでそれを期待するのは無理な望みかもしれませんが)、少なくともこの4年は。
 ――というのが、いまじっくり振り返ってみた感想です。

 明後日から、アメリカへ、大リーグに舞台を移します。サッカー・ファンの方も、また引き続いて読んでいただけたらうれしいです。いい旅、続けますね。

(7月5日 午後7時半 リスボン空港でフライトを待ちながら) 石川とら

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