ゲーム前、バリー・ボンズにぼくはこう聞いた。
「バリー、ちょっと馬鹿な質問かもしれない。いいかい? 君みたいなベテランのスーパースターにとって、オールスターでプレイする意味は何なんだい? 君はなにのためにオールスターに出るのか?」
どうしてだかわからないけど、アメリカのプレス連中もほかの選手のところに固まってしまい、ボンズひとりが、ナ・リーグのクラブハウスの真ん中のソファーにポツンと座っていた。
「それは、馬鹿げた質問じゃないよ。とても大事なことさ。オールスターに出ることはとてもハッピーなことなんだ。ぼくは今日だけ、仲のいいやつとここで会えるわけさ。リーグが違ったり、地区が違ってしまった仲間と、たとえばモイセス・アルーと今日、ここでぼくはプレーできる。それも最高のレベルの大好きなやつと、最高のベースボールができるわけさ。そんな楽しいことがほかにあるかい」
バリー・ボンズは、
「そうなのさ。こんな素晴らしいことあるかい」
と、彼自身に言い聞かせるように繰り返しながら、シャワー室に消えた。
ホームラン・ダービーの前に、男の子たち3人を連れてベンチにいたNYヤンキースのクローザー、マリアーノ・リベラに、
「(ヤンキースからは監督コーチもふくめて12人も来ているから)ヤンキースのツアーとほとんど同じじゃないのかい?」
と聞いたとき、
「いや。違うよ。楽しいんだ、オールスターは。興奮するんだ」
「君みたいな何回も(リベラは6回)選ばれている選手だってそうなのかい?」
「オールスターってやつは特別なゲームなんだ」
と、ゲーム中の顔とはまったく別人の笑顔で、リベラも楽しくて仕方ないんだと答えてくれた。
イチローが言っていた「MLBのオールスターに選ばれるということはぼくにとってとても名誉な(大切な)ことなんです。こういう感覚ってこっちでプレーしている人間じゃないと、わかってもらえないかもしれないですけどね」という言葉の意味をやっと理解できた気がする。
オールスターというのは、お祭りなのだ。両リーグ32人ずつ、計64人の選ばれたスター選手だけが楽しむことのできる、年に1回のお祭りのゲームなんだと素直に受け止めるといいだろう。
ナ・リーグのクラブハウスで、10数人の記者やテレビ・クルーがマイク・ピアザを取り囲んで話を聞いている。
どの記者も、先発のロジャー・クレメンスとバッテリーを組むことになったピアザのとまどいを、言葉の端から引き出そうと手ぐすね引いて待っている感じだ。まだクレメンスがヤンキースにいた昨シーズン、サブウェイ・シリーズでマウンドに飛んできた折れたバットを、クレメンスがピアザの足下に放ってしまったことがあった。NYの人気2球団のライバル対決を、双方のスター選手同士の遺恨試合として書き立てるには、格好の事件だった。
ピアザとクレメンスが仲がいいわけがない。
たしかにそうだろうが、クレメンスがアストロズに移籍してナ・リーグのファン投票1位投手に選ばれ、ピアザも同様にファン投票1位の捕手に選出された以上、2人は先発バッテリーを組まなければならないのだ。
ピアザが次々に投げられる質問に理路整然と答えている。
「あんなことは別にもう済んだことだし、いまはどちらもナ・リーグの一員として選ばれた以上、勝つために…」と話していたとき、2重3重に取り囲んだ記者団の頭の上から、大きな腕が降りてきた。
「マイク、今日はよろしく頼むよな。君に受けてもらえるのは久しぶりだからさあ」
記者団の頭の上にニコニコ笑っているランディ・ジョンソンの顔があった。
ランディ・ジョンソンは、記者団の質問攻めにナーバスになっているピアザに助け船を出しにやってきたのだ。
記者たちが散って、ピアザに聞いてみた。
「ああいうのがオールスターの素敵なところかい? ランディが君のことを心配してくれてたね?」
「あんたもいたんだ?」
「ああ、見てたよ。君をリラックスさせたかったんだってすぐわかった」
「うれしいよね。みんな気をつかってくれるんだ」
それでも、やはり、クレメンスとピアザのコミュニケーションはうまくいかなかった。
1回の表、イチローとイバン・ロドリゲスの2人に連続長打を浴びて1点を失ったまでは仕方ない。ウラジミール・ゲレロの打ちそこねで落ち着くかなと思ったのだが、マニー・ラミレスに「2ストライク・ノーボール」から、2人の呼吸がまったく合わなかった。たぶん、クレメンスは3回くらいピアザが出したサインに首を振ったんじゃなかったか。あれじゃあ、せっかくバッターを追い込んだ意味がない。ラミレスにスコーンとレフト・スタンドに放り込まれて「3-0」。
そのあとがまたいけない。セカンドのエラーもあったけど、2者を置いて、アルフォンソ・ソリアーノに甘いスプリットを初球に投げ込んでしまい、3ランで「6-0」。
ア・リーグの1回表の打者一巡の攻撃でゲームは決まってしまった。
ゲーム後、ソリアーノに聞いたら、
「スプリットが真ん中に来たんだ。狙ってたわけでもなんでもない。2アウトでランナーがいたし、甘いコースだったから振り抜いただけだよ」
打った瞬間にホームランとわかる、ハンマーでガツンとすくい上げたような当たりだった。体は細くても、長打力のあるソリアーノにあの球を放ってしまったのはクレメンスの失投ということになる。
それにしても、ア・リーグは1回表にマニー・ラミレスが2ラン、アルフォンソ・ソリアーノが3ラン、6回表にダビッド・オルティスが3ラン。ナ・リーグの得点も1回裏にサミー・ソーサがライト前ヒットで1打点、5回裏にアルバート・プホルスが2打点。ア・リーグの9得点のうち8点、ナ・リーグの4得点のうち3点を叩き出したのはすべてドミニカ系プレーヤーである。
今日の試合を総括すれば、「ドミニカン・エクスプロージョン(ドミニカン・パワーの炸裂)」というしかないだろう。そして、ぼくがもっとも注目していたアルフォンソ・ソリアーノがMVPを獲得した。これは決して偶然ではない。
前回のレポートにも書いたが、今回のオールスターで両チーム先発18人のうち6人がドミニカ系の選手だった。いま、過去の記録を調べる時間がないけど、75回を数えるオールスターで、先発にこれだけのドミニカ人プレーヤーがそろったのは、はじめてのはずだ(80年代に1度、5人、出場した記憶はあるが)。
ドミニカのプレーヤーたちがどうして、こんな大活躍をしてしまったのか。
今回、ホームラン・ダービーや前日練習のドミニカの選手たちを見ていて、彼らの雰囲気がとてもよかったので、ぼくは昨日も今日もドミニカの選手たちからできるだけ話を聞くようにしていた。
打撃練習で自分の番を待つあいだ、ドミニカの選手たちは、A・ロッドも、ミゲール・テハーダやソリアーノ、ゲレロら中堅や若手も、サミー・ソーサとモイセス・アルーの2人の兄貴分のところに集まってきては大騒ぎだった。バッティング・ケージ脇の彼らが集まっているところだけが、ハイテンションのスペイン語ジョークが飛び交う異様な集団に見えた。
ソリアーノはファン投票1位で選ばれて、しかも最大の人気球団、NYヤンキースを放り出されたのに出場するわけだから、機嫌が悪いわけがない。彼らは気分が乗ってしまえば、そのまま突っ走ってしまうタイプだから、ソリアーノはなにかやりそうだなというのがぼくの読みだった。
モイセス・アルー(フェリペ・アルーの長男)に、
「どうして、こんなにドミニカの選手たちは優秀なのかい?」
と、聞いた。
アルーは「ドミニカでは野球しかないからな」と言って、ホアン・マリシャルや彼の父親や、トニー・フェルナンデスといった過去のドミニカ出身の名選手を、自分たちが常にヒーローとして見習ってきたから、ドミニカ野球の伝統が引き継がれているんだと説明した。
「そういうことはもちろん知っているけど、いったい君たちにとってベースボールって何なんだろうね?」
「ベイスボルは水のようなものさ。ドミニカにはどこの土地でもベイスボルは水のように流れている。それと、おれたちドミニカンはプランタ(揚げバナナ)をいっぱい食べるから力が出るのかな」
とアルーは最後に冗談を言った。
ゲームが終わったあと、ホームラン・ダービーで活躍したミゲール・テハーダにも聞いた。
「どうして、君たちドミニカンだけがあんなに打てたんだい? 両方で10得点、君たちが叩き出したんだぜ。君たちが活躍したのにはなにか理由があると思うんだ」
「そんなこと、考えてもなかったけど。たしかにそうだよね。あいつが打ったんだったら、おれも打つぜって自然に力が入ったんじゃないかな」
と、テハーダは答えた。
以下はぼくの2日間の観察からの推測。
ドミニカの選手たちは、みんな集まると、兄弟のようになる。アルーとソーサが長兄。そして、オールスター戦であろうと、彼らはドミニカの町の子供たちのように、楽しくて楽しくてたまらないという風に野球を楽しむ。考え込んだりしない。来た球を思いっきり引っぱたく。
野球というゲームはメンタルなスポーツだから、考え込まないで、心も体も解放してやったほうがいいのだ。どんなにいいバッターでも、3本に1本打てれば、それでOKなんだから、三振なんて気にすることはない。オールスターはお祭りなんだから、そんなものは楽しめばいいんだというドミニカンの南国気質が爆発したというのがぼくの推理。

MVPを獲得したソリアーノ。左はお母さんアンドレアさん。
ヤンキースからテキサス・レンジャースに移って、口ではなんともないよと答えていたソリアーノが、「ほら、やっただろう」と、MVPのガラスのトロフィーを見せてくれた。
隣でアルフォンソのお母さん「アンドレア・ママ」が、目を細めて笑っている。
ソリアーノ、この活躍で「元ヤンキースの」などと紹介する必要のないスター・プレーヤーに成長したはずだ。
(7月14日 午前5時 ヒューストンから) 石川とら
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