最後の取材地に飛んできました。シアトルは、サンフランシスコをこぢんまりとした感じの街のたたずまい、とても素敵な街です。
シアトルは現在のアメリカでもっとも景気のいい都市でしょう。ボーイング社は本社をシカゴに移しましたが、工場の大半はまだシアトルに残ったままですし、マイクロソフトやスターバックスといった新しい企業がこの都市から生まれました。雇用機会がある都市にはいろんな国から人が集まって来ます。そういう都市はどこの国から来る旅人にもおおらかです。
新しい町に着いたら、タクシーの運転手さんから、現在のその町での暮らしを聞きます。
最初に乗ったタクシーの運転手はエチオピアから来たエリトリア人でした。彼は91年にシアトルにやって来たそうです。彼はエリトリア内戦で故国を失ってシアトルにたどりつきました。現在はアメリカの永住権も取り、一昨年、一度だけエリトリアに戻ってみたけど、家族も呼び寄せたこの町でこれからも暮らすつもりだと話してくれました。
シアトルのタクシーの運転手にエチオピア、エリトリア、ソマリアなどからの出身者が多いのは、90年代にそれらの国々からの難民をシアトル市が積極的に受け入れてきたから。ぼくが泊まっているホテルにも、エチオピア、ソマリアからの元難民がたくさん働いていて、シアトルには、エチオピア系だけで1万5000人、ソマリア系が5000人住んでいるとのことでした。
セーフコ・フィールドにも近いチャイナ・タウンには、ベトナム系中国人(旧南ベトナムからの政治難民)のレストランがたくさんありますし、ボーイング社はイラン系の人びと(イラン革命時の王党派だった政治難民で、軍関係者が多かった)を多く受け入れましたし、マイクロソフトなどのIT関係には、インドからやって来た優秀なコンピューター技術者が数多く採用されています。
シアトルはNYやパリのような巨大都市ではありませんが、21世紀型のボーダーレスな(多国籍型・異文化共存型の)ビジネス都市としてますます発展していきそうな予感がします。
さて、シアトル・マリナーズ、ぼくがやって来た7月17日時点で、33勝55敗と、ア・リーグ西地区はもちろん両リーグでも最低の勝率でした。
ペナント・レースというのは、自分の好きなチームがいかに勝率5割をキープし、最後まで首位戦線に残っているかというのが、ファンの最大の興味でありますから、今シーズンのシアトルは、夢も希望もないチームになってしまっています。
4月の開幕5連敗を手始めに、とにかく連敗が多いシーズンで、最初から西地区4位(最下位)で「3強1弱」のまま、ここまで来てしまいました。
6月21日に8.5ゲーム差まで近づいたのを最後に(ポルトガルでも、インターネットでゲーム差をチェックしては追い上げを期待していたのですが)、またまた連敗が続き、オールスター戦前には、なんとロードでスィープ・アウトを3連続で食らってしまい9連敗。
エースのガルシアをシカゴ・ホワイトソックスに放出し、昨季までの中心選手だったオーリリアやオルルッドも解雇して、今シーズンは完全に白旗を揚げてしまいました。
9連敗の最後のほうのシカゴでのホワイト・ソックス戦を2試合見ましたが、1点差のゲームでも、勝てる感じのない試合でした。
チームがそんな状態でも、野球をまた見始めるのなら、まずはイチロー選手を見ることから始めたいというのが、ぼくの今回の希望でした。そんなわけで、今回の旅では7試合もマリナーズ戦を組み込んでいます。
7月17日の対インディアンス戦は、プレス・ボックス(記者席)からではなく、観客席から。この日だけは、仕事はオフにしてビールを飲みながらのMLB観戦。
サッカーも合わせて、40試合近いゲームを消化してきたのに、ビールを飲みながらの観戦は初めて。幸せでした。色の濃いシアトルの生ビール、とっても美味しかった。
この日は試合開始直前に、定価35ドルの内野指定席を30ドルでスタジアムのそばで買うことができたので、7回までそちらで見て、8回からはイチロー選手がよく見えるライト・スタンドの空き席に入れてもらって、うっとりしながらマリナーズの応援です。
17日のゲームは、マリナーズが3Aのタコマから抜擢したばかりの巨漢新人バッキー・ジェイコブセンが2ラン・ホームランを放ち、5回にもジェイコブセンが押し出し四球で3打点目を挙げて「0-3」のマリナーズ勝ちペースの展開でした。
ところが、手の打ちようのなかったインディアンスのウェッジ監督が、6回表に審判の判定に抗議して退場となった途端、それまで完璧だったマリナーズのフランクリン投手が集中力を乱されたのか、1発を浴びて「1-3」。野球ではこういうことがよくあります。
7回表には、パスボールやボークをはさむ自滅気味の4連打で「4-3」と逆転され、8回表にも2アウトから2失点。「6-3」と引き離されてしまい、その裏にマリナーズも2点を追い上げたものの、「6-5」と届きませんでした。
ジェイコブセンという抜擢したばかりの新人選手が大活躍したゲームだったので、なんとか勝ってチームに元気をつけるいいチャンスだったのですが、ピンチになったときのタイムの取り方や交替投手の選択が、シカゴでのゲームと同様、チグハグな感じが残りました。
このゲームでは、1点リードされたままの9回2アウトで長谷川滋利投手がリリーフ(1球で外野フライ)しました。でも、そこで長谷川投手をつぎ込むなら、8回にダメ押し点を取られる前に、なぜ彼を投入しておかなかったのか。
翌日、長谷川投手本人にも聞いてみましたが、
「そういう考え方もあるかもしれないけど、ああいう流れになってしまったのは、いまのチーム状態を考えるとね」
と、愚痴や批判はこぼしませんでした。
この日のイチロー選手は、8回1死三塁で一塁に内野安打の5打数1安打1打点。
それよりも、イチロー選手、このゲームの2回表に、ライトフライをグラブの土手に当ててポロリとやってしまうというエラーをしてしまいました。イチロー選手のゲームは250試合くらい見ていますが、あんなプレーを見たのは初めて。翌日、ボールがライトにでも入ったのと聞いたら、「あれはぼくのミスです」のひとこと。「イチローにもグラブの誤り」ということがあるんだなあ。
18日の日曜日はデー・ゲームでやはり対インディアンス戦。
マリナーズが最下位であろうと、3万7363人の観客。ファンとはありがたいものです。ただし、前夜、セーフコ名物の「イチロー・ロール」(すし弁当)の売店で聞くと、売り上げが昨シーズンの3分の2に減っているとのことでしたから、今年の成績低迷で、客足が落ちてしまったのは確実なようです。
このゲームもジェイコブセンが1回に1打点、3回にも2試合連続本塁打となる2号ソロなどで活躍。5回を終わったところで「2-5」とマリナーズがリード。
モイヤーの好投で今日はなんとかなるかなと思っていたら、インディアンスの6番、メルローニがこの日、大当たりの3安打4打点。7回を終わったところで「4-5」まで追い上げられるもつれた展開に。8回表にセットアッパーとして登場した長谷川投手が、代打で登場したビクター・マルティネスに手痛い同点ソロを浴びて、「5-5」の同点。マルティネスは今、ものすごくバットが振れています。そんな選手でも休みと決めたら、先発から外してしまうのがMLB流。
8回裏、ウィンのタイムリーでマリナーズが2点を勝ち越し、9回表には、守備交代でセンターに入ったボカチカがスタンドの中に手を差し込んでホームランを阻止する超美技も見せて、「5-7」でやっと勝ち、連敗を2で止めました。
マリナーズのマスコットのムース君が球団旗を持って、ダイヤモンドを走り回るのが実に楽しそうでした。マリナーズの勝利を見ることができて、ぼくも幸せなデー・ゲーム。
長谷川投手には3勝目(日米通算100勝目だったそうです)が転がり込んできましたが、モイヤーの勝ち星を消してしまったので、「今日はモイヤーに申し訳ないことをしてしまったね。やっぱりああいうところはキチッと抑えないといかんのにね」と、ちょっと反省の弁。
イチロー選手は、5打数2安打1四球。外野からの2度の素晴らしい送球でスタンドを湧かせました。走者を殺せなくても、次の塁に進む意欲を奪う送球と位置取り、見事でした。ライト・フェンス直撃の当たりをシングル・ヒットに抑えてしまうのはイチロー選手だからできることなんだということがよくわかりました。
バッティングでは、連続6ファウルでインディアンスの先発エラートン投手に持ち玉すべてを放らせた第1打席の粘りのバッティングが(結局、三振になりましたが)印象的でした。イチロー選手によれば、ファウルになってしまったファウルと、意識してファウルにしたファウルがあるのだそうで、対戦したことのないピッチャーだと、どんな球を持っているかが、球数を放らせることでわかり、その後で攻略しやすくなりますからとのこと。2打席目、3打席目のヒットには、そのような伏線があるのです。
日本人記者からの「チームは来年を見据えた取り組みになってきているようだが?」との質問に、
「ぼくは来年のことなんか考えてやっていない。いま(ひとつひとつの試合、ひとつひとつの打席で)自分でできることをやるだけ」というきっぱりとした答えでした。
7月19日からはボストン・レッドソックスとの2連戦。
2試合連続HRと当たっているバッキー・ジェイコブセンを4番DHで起用。28歳になってはじめてメジャーに上がったジェイコブセン。一昨日のゲームの一発で、「バッキー」コールが起きる人気者になりました。先日行われた3Aオールスターのホームランダービーでも優勝した長距離砲ですが、イチロー選手に言わせれば、「3Aで3割以上の成績を残しているバッターだから、それなりにシュアーなバッターだと思いますよ」との評。
メルビン監督の試合前の記者会見でも、バッキーの4番起用の話題を中心に、監督も今日は機嫌良く話をしています。
ということで、マリナーズ番の記者たちも今日は笑顔で質問することができる。チームが連敗中だと監督もつらいだろうけど、記者だって聞きにくいよね。
連敗中のシカゴで監督談話を横で聞いていたけど、記者たちが、ゲームのその時その時の監督の意図について確認するために質問を投げると、それはそっくり采配批判になるような質問になっているから、聞くほうも答えるほうも険悪な表情になってくる。
どんな勝ち方でもいいから、勝ち星を積み重ねることがチームの元気になります。
これは日本のプロ野球でもMLBでも同じです。オリックスが日本一に輝いた前後、何度か仰木彬監督から話をお聞きする機会がありました。
シーズン開幕時につまずかないこと。自分はレギュラーで安泰だなどとベテランにも思いこませないこと(つまりは新戦力の抜擢)。適材適所の総力戦。連敗したときの気分転換。メディアを間接的に使った選手のほめ方――といった仰木マジックの勘所をずいぶん聞かせていただいたのですが、今年のマリナーズ大低迷の理由は、この2シーズンくらい新しい戦力補強を怠ってきたフロントのつけが一気に吹き出したというのがぼくの見方です。
首位と18.5ゲーム差では、来季をめざした選手起用にならざるをえないだろうし、今後も主力選手のトレードが行われる可能性も多分にあるでしょう。
モイヤー投手や長谷川投手のような1シーズン、1シーズン、あとがないと考えながらがんばっているベテラン陣には、モチベーションを維持しろといっても、つらい後半戦になります。
19日のゲームは、レッドソックスの左腕ビローンが自己新の12奪三振を奪う力投で、6回表までレッドソックスが「1-0」のリード。6回裏に、ウィンとブーンの連続2塁打でマリナーズがやっと追いついたと思ったら、8回表にバリテック捕手の3ランで「4-1」に。ゲームの流れはレッドソックスに完全に傾いていたのに、レッドソックスのリリーフ陣が守りきれません。8回裏にイチロー選手のヒットから1点、9回裏に、クローザーのファルケがオリボ、代打のエドガー・マルティネスに連続ソロHRを浴びて、「4-4」の同点。セーフコ・フィールドが割れるような大歓声。
延長11回にシアトルは無死一、二塁で、イチロー選手が三塁前に犠牲バント。レッドソックスはウィンを敬遠して満塁策。ここで、今シーズン不振だったブーンがセンターオーバーの満塁サヨナラ本塁打。マリナーズ「4-8」の劇的な勝利。
ブーン選手、8年ぶりの満塁打だったそうです。
「とにかくフライを上げて、3塁ランナーを返そうとだけ思っていたんだ。それがHRになっただけなんだ。8回のチャンスに打てなかったのを取り返すことができてよかったよ」
と、ゲーム後、話してくれました。
イチロー選手は、今日もレフト前とセンター前に1本ずつクリーンヒットを2本の5打数2安打1犠牲バント。これでオールスター戦をはさんで11試合連続安打かな。チームの低迷とは関係なく、今日もわが道をいくという感じのイチロー選手でした。
(7月20日 午前5時 シアトルのホテルで) 石川とら
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