イタリア、PK戦で4度目の優勝も、後味の悪さが残ったファイナル対決イタリア、フランスのヨーロッパ2強対決、あるいは6年前のEURO2000のファイナル対決の再戦で、サッカー・ファン注目の一戦となったファイナル。
しかし、後味の悪さを残した試合となった。
堅実な守備を持ち味にしている両チームの戦いだけに、「1-1」のまま延長戦に持ち込まれたのは、想定の範囲内。
しかし、延長後半110分に、このゲームを最後に現役引退を表明しているジダンが、ゲームと関係ないところで、イタリアのディフェンダー、マテラッツィに頭からぶつかっていくという暴力行為で一発レッドカード退場となった。
記者席からは、マテラッツィが倒れているのが見えただけで、いったいなにが起きたのかわからなかったが、ゲーム後、ビデオを見て納得。
ジダンの暴力行為(プロレスでいう頭突き)は退場処分になって当然だろう。しかし、ジダンがみずからのファイナル・ゲームを台無しにしてしまうほど、感情的になって暴力行為をふるったのには、マテラッツィからなんらかの悪質な挑発行為があったはずだというのが各国記者の推論だ。
この件については、ジダンもマテラッツィもまだなにもコメントを出していないので、これ以上、書きようがない。いずれ、ジダンが事の子細を語るだろうし、それにマテラッツィが反論するのを待たなければならないだろう。
ドイツ大会では、FIFAが、サッカー界の「人種差別」撲滅キャンペーンや、悪質なファウルへの厳罰主義を唱えていただけに、決勝戦で、今大会最大の主役となったジダンが暴力行為を犯してしまったのは、まったくいただけない。
イタリア側からなんらかの挑発行為があったのだとしたら、それも究明されなければならないだろう。
裏返して見れば、この試合は、そのような神経戦になってしかるべきカードだったのだ。
両チームとも、決して圧倒的な攻撃力を誇るチームではない。基本的には最小得点を優秀なディフェンス陣で守りきるタイプのチームである。
実際、この試合でも、前半最初の得点はジダンのPK。
果たして、あのファウルがPKだったのかどうか、記者席からははっきりとわからなかった。あれをレフェリーがペナルティと判定したことが、後半の神経戦の伏線になったともいえるだろう。
しかも、ジダンが蹴ったPKはゴールバーを叩いて、本当にゴールラインを割ったのかどうかも微妙なフランスの先制点だった。
イタリアの同点弾も、流れの中からのゴールではなく、コーナーキックからの得点。決めたのはディフェンダーのマテラッツィ。ジダンのレッドカード一発退場がなければ、マテラッツィが「マン・オブ・ザ・マッチ」に選ばれていてもおかしくなかった。
もちろん、フランスはスペイン戦で3ゴールを挙げたし、イタリアもウクライナ戦では3ゴールを挙げる試合をしているが、ここぞという難敵との試合では、セットプレーかPKでしか得点を挙げることができなかった。
このゲームも同じ。
フランスはテュラム、ギャラスのセンターバックとボランチのマケレレ、ヴィエラ(交代後はディアラ)の強力な守備陣で、イタリアも前半にペナルティ・ファウルを犯したものの、キャプテンのカンナバーロがリードするディフェンス陣が奮闘して、僅差のゲームになった。
しかし、こういうゲームが、ファンが期待した2006年の「華のファイナル」だったのか。
新しいスターはいない。昔の名前で出ている90年代からのスターが中心。しかも、ファンタスティックなゴールよりも、双方が勝負に負けぬことを優先したサッカー。
スタジアムを引き揚げる電車のなかで、ドイツのファンに聞いたのだが、ジダンの一発退場とは別に、新鮮さのなかったファイナルでがっかりしたという答えがほとんど。
負けぬサッカーをするという点では、イタリアのリッピ監督のほうがフランスのドメネク監督よりも一日の長があった。
監督批判をとがめられて、決勝トーナメントになってから戦力外にしていたトレセゲを延長最後になって起用したドメネク。トレセゲがPKを失敗したのは偶然ではない。ボールタッチもほとんどないまま、フォワードである以上、PKを蹴らねばならなかった。そして、プレッシャーに敗れた。
レッドカードで4試合出場停止だったデ・ロッシを早めに交代に送り出したリッピ。デ・ロッシのチームに貢献したいという強い意志を買った交代だった。また、イアキンタの起用も、恒例の交代とはいえ、イアキンタを投入したことで、後半、再三、サイド突破からチャンスを作り出していたアビダルが、守りに時間を費やされることになった。
PK戦に決まってからは、場内全体から強烈なブーイングを浴びるのが予想されていたマテラッツィをあえて臆することなくPK戦に送り出したのもリッピである。
トレセゲは狙いすぎて外し、マテラッツィは着実に決めた。心臓に針金でも生えているんじゃないかなと思わせるマテラッツィの精神的な強さ。
たぶん、ジダンの一発レッドでも、マテラッツィはそれ見たことかと、ほくそ笑んでいたはずだ。
腐敗問題で大荒れのイタリア・サッカー界にとって、「アズーリ」の4度目のワールドカップ制覇は唯一の明るい話題になるだろう。
自分の長男もユベントス疑惑訴訟に連座しているリッピにとって、今大会の優勝は、イタリアのサッカー界で自らが生き残るためにどうしても必要な勲章だった。
華やかな勝ち方など必要でない。勝てばいいのだ。
「リアリスト」リッピが負けなかったワールドカップ2006。
ただし、このファイナルはだれのゲームだったのか、あるいは、ドイツ大会のシンボルともいうべきスターがだれだったのか、と聞かれたら、返事に窮する。
強いてヒーローを挙げるなら、カンナバーロかピルロということになるのだが、それでいいのかワールドカップ。
新たなスターも、美しいゴールもない。ファイナルを争ったのは6年前のEURO2000のファイナリスト。中心プレーヤーもほぼ同じ。
この6年間、ナショナル・チーム・レベルでは、世界のサッカーが低迷していたことを暗示するワールドカップ・ファイナルだった。
7月10日 ベルリン・テーゲル空港より。ピッツバーグへのフライトを待ちながら。石川保昌
*このレポートは、スポニチの「ワールド・サッカープラス」用に書いた。
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