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アテネ五輪「イラク-イタリア」戦

イラクイタリア戦

3位決定戦は予定どおり実施された。
イタリアチームは全員が黒の喪章を腕に巻いてピッチに登場。イラクチームもワハブ主将が犠牲となったイタリア人ジャーナリストのために追悼の花輪を手に現れ、ゲーム前の記念撮影も両国イレブンが一緒に肩を組み合って撮影するという異例の形で行われた。

しかし、観客席から見ていても、イラクの選手たちからは戦意や覇気が感じられない。
後日、ヨルダンでチームと合流したときにあらためて話を聞いたのだが、イラクの選手たちは、事件のせいで試合はキャンセルされてしまうと、みな泣いていたのだそうだ。

「FIFA(国際サッカー連盟)の決定には感謝しているが、ゲーム当日にあんな事件になっては、気合いなんて入らなくなっても仕方がなかった。勝つぞという意欲なんてなかったんだから」
と、選手たちのメンタル面を指導していたイブラヒムGKコーチは無念そうに語った。

前半、イラクチームはラインがずるずる下がりっぱなしになり、受け身のゲームに終始した。
前半7分、自陣ペナルティ内で拾ったボールを確実にクリアしておけばよかったのに、ドリブルで持ち出そうとして、イタリアのゲームメーカー、ピルロに奪われ、ゴールライン際から計ったような正確なクロスを入れられた。このクロスにゴール正面からジラルディーノがヘッドで合わせて1失点。

後半、イラクも気を取り直して攻勢に出たが、ゴールを奪えぬまま「1-0」の負け。
イラクチーム、メダル獲得の最後のチャンスを人質暗殺事件のために奪われてしまった。

イラクがメダルを取ったら、バクダッドへの凱旋帰国に同行取材するという約束も、イタリア人記者の暗殺事件で流れた。その事件に続いて、フランス人記者二人が新たに誘拐される事態が起きていたから、バクダッドに押しかけるわけにもいかない。
4試合とはいえ、練習にも付合いながら一緒に過ごしたチームの敗戦は胸にこたえた。最後の最後まで勝ち運に見放されたアテネ五輪であった。

(2005年4月26日「愛媛新聞」掲載)

写真:2004年8月27日「イラク-イタリア」戦開始前の両チーム一緒になった記念撮影。

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