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ドイツW杯 ドイツで「二十四の瞳」

ミュンヘンスタ

ミュンヘンで、木下恵介監督の「二十四の瞳」(昭和29年制作)を見る。
日本映画がしばしば賞を取ってきたベルリンではなく、南ドイツのミュンヘンで五十年前の日本映画に出くわすというのは意外。

この映画をはじめて見たのは学校のモーニング・ショーでだったか。――昭和三〇年代には、愛媛の町々にもまだ映画館が健在で、「モーニング・ショー」と称して、二、三か月に一度、全校で映画を見に出かけたものだ。

異国の言葉の世界で忙しなく仕事をしていると、きれいな日本語のセリフのやりとりは心にしみ入るように入ってくる。
この映画は泣かされるんだよなあとわかっていて見に出かけて、そのとおり、ボロボロ泣いてしまった。
香川県の小豆島の分教場(分校)の戦中戦後の話。記憶のなかにある昭和三〇年代の瀬戸内の風景は映画のシーンとそう変わりはなかったし、戦争で父や兄弟を亡くしたり、一家離散した家族は身近にもいたから、他人事の話ではなく泣かされてしまうのだ。

映画のなかで歌われる文部省唱歌の数々――「村の鍛冶屋」「あわて床屋」「浜辺の歌」「仰げば尊し」……、懐かしくてたまらない。昭和三六、七年まで、西条の町にも鍛冶屋さんがあり、鍬を直しに持っていったことなどを想い出す。

一緒に出かけたドイツ語の通訳のMさんから「石川さん、一緒に歌ってましたね」と、笑われた。
Mさんは一回り齢下の方だが、彼女の世代は卒業式で「仰げば尊し」を歌わなかった世代だそうだ。あんないい歌を知らないなんて、損をした世代だ。
いまはどうなんだろう。文語体の歌であっても、いい歌は歌っているうちに古い日本語のニュアンスを自然と理解できるようになるものなのだが。

音楽の授業ほど楽しい時間はなかった。はじめて音符やクラシック音楽を教えてくれた小学校時代の宮崎先生、中学でコーラスを指導してくれた徳永先生、藤原(カバ)先生、高校時代の秋川先生。懐かしい先生たちの歌声を想い出す。

戦後六〇年という長くて短い時間について考えるのにはとてもいい映画かな。ビデオ屋さんや図書館にもあるはず。一度、ご覧になってください。

(2005年7月12日「愛媛新聞」掲載)

写真1:W杯ドイツ大会のオープニング・スタジアム、ミュンヘン・アリアンツ・アリーナ。
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1件のコメント

[C244] はじめまして!

はじめまして、私も「二十四の瞳」に感動したひとりです。

 小豆島へはまだ行ったことがありません~いつか行ってみたい場所ですね~!

 私も拙いブログで「二十四の瞳」について記事にしました~よかったら遊びにいらして下さいね~ではまた!

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