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自分史・家族史のすすめ

父の家系は歩みが遅い。
父は明治38(1905)年の巳年生まれで、昭和28年(1953年)の巳年生まれの筆者とはちょうど四回り離れていた。わが家は父母ともに戦後の再婚で、ぼくは歳がいってから生まれた末子だった。
小学校時代、父兄参観で父が顔を見せると、「おじいちゃんが来てるよ」と勘違いされて照れくさかったものだ。

十一人兄妹の下から二番目であった父も、祖父が五〇歳のときの子供である。祖父は安政2年(1855年)の生まれで、さすがに、ぼくが生まれる一〇数年前に亡くなっているので、祖父については父からの話でしか知らない。
つまり、わが家は一世紀半を三世代で過ごしてきたわけで、幕末や明治の話も、遠い昔の話という感覚がない。

物心ついたころから、身近にいた大人は明治か大正生まれだったから、戦前の話を聞いて育った。日露戦争、大正デモクラシー、農民組合、金融恐慌、戦時中の話、どれも他人の話としてではなく、当事者の話として聞いた。
「…そうじゃなもし」という伊予弁を明治生まれの伯母たちからよく聞いたのもいまでは懐かしい。

戦後になって社会が大きく変化したとはいっても、昭和三〇年代までは百姓家の生活習慣は戦前と大きく違ったわけではなかった。田起しも牛を使い、どんな仕事も力仕事。田植えや収穫時には隣近所で手伝い合う「結い」や用水路を協同補修する「川浚い(かわざらい)」なども残っていた。

五〇歳以上の年代であれば、子や孫に伝えておくべき話はいくらでもある。平成生まれの中学生や高校生は、両親や祖父母、あるいはその上の世代から、自分たちが知らない時代の話を聞いておくといい。
自分史あるいは家族史という形でいい。なぜ、あなたがこの世に生まれ、この町で暮らしているのか、あなたはだれに支えられているのか、子供たちが考えるヒントを伝えればいい。
自分史から家族史へ、それは郷土史へとも広がるだろう。教科書で教わることばかりが歴史ではない。
自分が生きているこの世界はどんな世界であるか。この世界はいかにしてそのような世界になったのか。そしてどこに向かおうとしているのか――。
歴史とつき合うというのはそういう素朴な好奇心を持ち続けることである。

(2005年8月16日「愛媛新聞」掲載)
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